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「固定客づくり」――。
商業の世界では、昔から言い古された言葉です。
しかし考えてみると、商業に限らず、仕事やビジネスで、固定しない顧客を相手にしたものはほとんどないといってよい。顧客には、必ず二度、三度とわが社の商品やサービスを経験し、購買していただかねば、商売は成り立ちにくい。投下資金や経費は回収しにくい。
アイルランドのスーパーマーケット「スーパークイン」社長のファーガル・クインさん(63歳)はこう言います。
「お客様に戻ってきていただかなくてよいビジネスを上げてみてください。おそらく、押し売りと葬儀屋くらいのものでしょう」
私もまったく同感です。
どんなビジネスも、リピート顧客によって支えられています。「固定客が出来ること」とは、ビジネスそのものの本来の価値が顧客によって確認されることなのです。
いま、改めて「固定客獲得法」を論じなければならないとしたら、あなたの仕事振りは既に「不特定多数の顧客」相手の20世紀的な、時代遅れのものなのだと自覚してください。あるいは、あなたの商売はどこにでもある、同質化したそれで、従ってあなたの顧客たちが同じような他の店とあなたの店との間を浮遊しているのです。
顧客に「ブーメランのように戻ってきてもらうこと」――これこそ、商売の王道なのです。
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「スーパークイン」は実は、世界的に有名な食品スーパーマーケットです。その量的規模においてではなく、質的優秀性によって。「顧客志向のビジネス」に徹しているという、そのレベルの高さによって。
アイルランドは、イギリスの北に浮かぶアイルランド島にある共和国です。北海道と同じくらいの国土を有する国です。「スーパークイン」はそのアイルランド共和国で第4位に位置する小売企業で、日本円に直して年商約500億円、19店舗の陣容です。
昨2003年9月に㈱商業界の視察ツアーで訪れた折に、クインさんに聞きましたら、ヨーロッパやアメリカ、日本から2週間に一組ずつくらいの割合で訪問のグループがあるそうです。それくらいスーパークインの「ブーメランの法則」は世界の小売業者から注目されているわけです。
なぜか。
第一の理由は、実は社長のファーガル・クインさんはアイルランド共和国の上院議員でもあるのですが、クインさんが書いた『ブーメランの法則』という単行本が各国語に翻訳されて、世界中で読まれているからです。その「顧客志向のビジネスとは何か」という内容が、多くのビジネスマンに共感と感動を持って受け入れられているのです。
第二の理由は、本に書かれたことが、そのままスーパークインという企業と店とで実現されていることによります。小売業やスーパーマーケットの店というのは不思議なもので、正確に状況を映し出します。スーパークインを訪れて、顧客志向のビジネスに直接触れると、人々は再び共感し、感動する。それが口コミとなって、各国の商業者を呼び寄せる。
ファーガル・クインさんと「スーパークイン」は、本来の顧客である近隣地域の生活者だけでなく、世界中のビジネスマンを「ブーメランのように」二度三度と引き付けているわけです<ちなみに私はこの夏、再び商業界のツアーをコーディネートして、スーパークインを訪れる予定です>。
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では、スーパークインの「リピート・ビジネス」の本質はどこにあるのか。「ブーメランの法則」の鍵はどこにあるのか。
クインさんは書いています。
「お客様に戻ってきていただくことを最大の任務と考えよう」
これです。
あなたのお店ではいつも、お客様に「もう一品買っていただくこと」を考えていませんか。それがお客様に戻ってきていただくことに直結しているのならば良いのですが、お客様から少しでも多くお金をいただくことを狙いとしていたら、「ブーメランの法則」に反します。
あなたのお店では、少しでも多く利益を上げることを話し合っていませんか。それがお客様に戻ってきていただくことにつながっているのならば良いのですが、ちょっとでもお客様に損をさせるような要素を含んでいるとしたら、それは「ブーメランの法則」に反します。
店で行われる営業活動のすべては、「お客様に再び来ていただくこと」につながっていなければなりません。
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クインさんは、若いとき、お父さんから、この「顧客志向のビジネス」の哲学を学びました。
お父さんは、アイルランドでホリデーキャンプを経営していました。この商売は、お客様から何日間かの滞在予約をいただいて、お客様が到着されたその日に代金を支払っていただくという仕組みでした。そしてチェックインしていただいたら、「これ以上一切お金をいただきません」と説明していました。
この方法を明言していると、チェックインしてもらったあとは、どんなに努力しても売上げや利益は増えません。従って経営者や従業員の努力は、お客様からさらにお金をいただくという方向へではなく、「楽しかった、また来たい」と思っていただくという目的にのみ集中されます。クインさんもこんなホリデーキャンプのなかで成長していきました。
お父さんはいつもお客様から「楽しかった、また来たい」という声を聞くことを喜びとしていました。
そんなクイン家のホリデーキャンプは、やがて多くのお客様が、チェックアウトする前に翌年の滞在分の頭金を払っていかれるようになりました。すなわちリピート客になっていただけるようになったのです。
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クインさんは、「ブーメランの法則」を実践するには、「顧客志向の人」にならなければいけないといいます。すなわち、自分都合で、「もう1品」とか「もう少し高く」だとかを、考えない人にならなければいけないというのです。
そして、「真の聞き手」にならなければいけないと言います。
真の聞き手になるには5つの条件があります。
⑴「聞くしくみ」をつくり、その「しくみ」を動かすこと。
⑵「聞くしくみ」は、必ず数種類の異なる手段をもつべきであること。
⑶トップ自ら、お客様の声を直接聞くこと。
⑷聞きたくない話をすべて、注意深く聞くことに本当の価値があること。
⑸お客様の声を聞くことは、ほとんどの場合、聞き取った問題の解決策を見つけるスタートとなるに過ぎないこと。
第5番目は少し解説が必要です。例えば、お客様から「接客が悪い」という声を聞いたとします。それは事実なのでしょう。しかしトップが従業員や幹部に「接客が悪いぞ」と怒鳴れば問題が解決するわけではないと言うことです。接客を良くするために、社風をよくし、待遇を良くし、コミュニケーションを良くし、そして利益を上げなければなりません。しかしお客様からの評価を知ることが、その最大にして最初のスタートになるのです。
この5つを実践すれば、どんな人でも「真の聞き手」になることが出来ます。そして「ブーメランの法則」を実行することが出来ます。
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「良い店」という評価を地域のお客様からいただくために力を注ぐことは、直接、利益に結びつかない場合があります。むしろ、利益とは遠い行動をすることの方が多いに違いありません。
しかし「良い店」であると評価してもらい続けること、「また来たい」と思ってもらえることこそ、成功の定義なのです。
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あなたは「ブーメランの法則」に反することをやっていませんか。
〈結城義晴〉