2004年3月から4月への「20日〆行動日誌」
□毎朝、決まって、私が、自分自身に掛ける言葉。①「今日も一日、優しく、強く」②「今日も一日、元気と勇気」③「今日も一日、慌てず、急げ」。皆さんも使ってみては? この言葉を唱えると、心の底から力が湧いてきます。そしてなぜか、歩くスピードが確実に速くなります。
□3月から4月への『20〆行動日誌』
□3月22日、午後、『商業界』拡大媒体会議。その後、小社役員会。24日、午後、『販売革新』拡大媒体会議。25日、恒例の部長会、編集長会議・新製品開発会議。26日朝、磯見精祐さん来社。いつもの高尚で高度な議論。午後、新潟・出雲崎へ。この町は商業界チューターの長老にして最高顧問の青山庄司さんの生まれ故郷。その青山さんご自身のご案内で、この町の象徴とも言える良寛記念館や新保民八さんの胸像などを巡った。ちょうどこの日、近隣の3つの町が合併して良寛町となることが決定。「正しきによりて滅ぶる店あらば、滅びてもよし。断じて滅びず」の言葉で有名な新保先生もこの町のご出身で、小学校の教師をしていらっしゃった。青山さんはこの町の5人目の名誉町民で、20年間、良寛記念館の館長を務められた。「商人としてたった1人の名誉町民。倉本長治先生のおかげです。商人をやっていて良かった」というのが青山さんの口癖。夜はコタツに入って、青山さんの生い立ちを聞き、静かに感動。翌27日朝、帰社して、午後から中期経営計画会議。
□29日、昼、渋谷のジュエルベリテオオクボ訪問。大久保仁雄者社長と昼食会議。夕方、横浜みなとみらいのパンパシフィックホテルでトリマス会。サミット最高顧問荒井伸也さん、とりせん社長前原章宏さん、関西スーパーマーケット社長井上保さんといった顔ぶれの会合。酩酊。翌30日、スーパーアルプス社長松本清さん、田子重社長曽根令三さんも加わって、研修。夜はみんなで中華街。私は夕食の途中で抜けて、新幹線の最終便で名古屋へ。名古屋ヒルトン泊。翌日は、パチンコホール㈱T&Tの入社式と経営方針発表会。ここで記念講演。テーマは「顧客満足保障の無い店は滅びる」。山田孝志社長と幹部、社員、皆はつらつとしていて、すばらしい息吹が感じられる会社。私は、「かつてのダイエー、すかいらーくを思わせる」と表現。
□4月に入って、1日。朝、今度は小社の入社式。前澤壮太郎君入社。夜、中期経営計画会議。2日と5日は、部長・編集長とグループ会議□5日は午後、JPクリエイト訪問。夕方、東京プリンスホテルで商業界関東山静連合同友会定期総会。講演と懇親会。講演テーマは「競争を楽しもう!」。6日、河野實さん来社。夜、参議院議員の樋口俊一さん(樋口産業社長)とコンサルタントの宗像守さん来社。「商人の代表」の樋口さん、応援します。8日朝、出版合同会議。午後、ホームページ委員会。みたび、リニューアルします。9日、『食品商業』拡大媒体会議。昼、クイーンズ伊勢丹自由が丘店。午後、市谷、セゾン総研の外川洋子さん、渋谷智之さんと面談。セゾン総研は閉鎖されました。惜しい。
□12日、13日、赤坂の山王病院で人間ドック。13日午後、小社リテイルマネジメントスクールでスピーチ。夜、販売部戦略会議。14日、昼、午後と役員会。16日朝、『ファッション販売』拡大媒体会議。午後『飲食店経営』のそれ。夜、役員会。19日朝、『コンビニ』拡大媒体会議。
□人間ドックの結果の詳細は、2週間後にしか分からないが、おおむね良好のようです。だから今後もこの調子で行きましょう。「今日も一日、優しく、強く」「今日も一日、元気と勇気」「今日も一日、慌てず、急げ」。
<結城義晴>