3月9日、私は2人のアメリカ人の話にひどく感じ入ってしまった。日本セルフ・サービス協会の招きで来日し、スーパーマーケットトレードショーで記念講演した二人のスーパーマーケット経営者のスピーチである。
ドロシーレーン・オーナーのノーマン・メイン氏は言う。
「今、アメリカの小売業では、ウォルマートが出来ないことをやれる企業が生き残れるのです」
ウォルマートは現在、スーパーセンターのフォーマットを主力に店舗展開している。スーパーセンターは衣食住薬・フルライン構成のワンフロア総合店である。しかもウォルマートはこの4つのマーケットごとに、全米で15%を超える占拠率を有しているといわれる。さらに近い将来、全カテゴリー別に30%のシェア獲得を公然と目標に掲げている。
当然ながら、食品市場の制圧は、1店1店の集客力を最高・最大の状態に導くという意味において、極めて重要な意味を持つ。
1945年にベンフランクリンのフランチャイジ‐としてスタートし、1962年にディスカウントストアに業態展開を果たし、1982年にサムズクラブのメンバーシップホールセールクラブで食品市場に参入した時、サム・ウォルトンは、食品ナンバー1になるなどと考えていただろうか。その後ウォルマートは、1988年、ハイパーマーケット・フォーマットを改良したスーパーセンター実験に踏み込み、1990年、シアーズローバックとKマートを売上高で一挙に追い抜いて、アメリカ最大の小売業の座に座った。この時点で彼らは、すべての小売業の敵となった。
1999年の夏に、第4のフォーマットとして、スーパーマーケットの展開を発表しただけで、クローガ‐、アルバートソン、セーフウェイなど上位スーパーマーケットチェーンは、互いにM&Aを仕掛けあい、結局、現在、店舗数と年間販売額は増えたものの、根本的な企業としての体力を弱めてしまった。不思議なことに革新力まで喪失してしまった。規模だけで、顧客の支持を持たない食品チェーンになってしまっているのだ。
メイン氏の言うことの反対、すなわち「ウォルマートができることで対抗、競争しよう」と考え、遂に敗北しようとしているのだ。
合併や吸収、合従連衡は、成長ではなく、膨張に過ぎなかったのである。
たった3店舗の高級スーパーマーケットといわれるドロシーレーンだからこそ、胸を張って言えるのかもしれない。初めからウォルマートに量や価格で対抗しようとなど、夢にも思わないから、迷いがないのかも知れない。
メイン氏は、彼の父の言葉を借りて、こうも言う。
「常にお客さまの期待以上のものを提供する」
これはまさしくサム・ウォルトンの10ルールそのものである。
「お客さまと従業員を大切にしなくてはならない。経営者が従業員を大切にすることによって、その心はお客さまに還元されます」
これは商業界精神、倉本長治そのものだ。.
「店は客のためにあり。店員とともに栄える」
顧客の一生のパートナーになろう
ユークロップスのジャクリーン・レグ女史は言う。
「私たちの店はお客さまにとって第3の場所になっています。皆さんのお店はお客さまの3番目の場所になっていますか」
第1の場所は、家。自宅。ホーム。
第2の場所は、会社・事務所、仕事場・職場、学校。あるいはアメリカ人にとっては教会。日本の主婦にとっては実家かもしれない。
そして第3の場所が、スーパーマーケット。とりわけ主婦にとっては。
日本の若者や学生、独身者にとって、自分の好みのコンビニはこの第3の場所であろう。間違いない。それが、コンビニというフォーマットの日本消費市場における社会的価値を確実なものとしている。
あなたの店も必ず、一人一人の顧客にとって、一番先に思い浮かぶ第3の場所でなければならない。
そのためにユークロップスは、「お客さまの一生のパートナーになっていこう」という標語を掲げる。そして顧客の声に耳を傾け、ライフスタイルを観察する。
ミールソリューションや惣菜が、よく売れるから強化するのではない。儲かるから売場を広げるのではない。顧客の暮らし振りが大きく変わってきて、第1の場所や第2の場所での生活が変化したから、第3の場所のあり方もそれに適応しなければならない、と考えているのだ。
それがユークロップスにおいては「プリペアードフード」への取り組みとなる。プリペアードフードは惣菜・デリだけではない。半加工調理済み食品や完成品一歩手前の食品も含まれる。そして何より重要なのは、それらが組み合わされたミール<食事>が準備されていることだ。第1の場所や第2の場所、さらに第3の場所で、顧客は生活をする。スーパーマーケット店舗ユークロップスの場合は<食生活>をしてもらう。それが「ホットフードではなく、ホットミールを販売する」と言う言葉に象徴されている。
私は1998年にミシガン湖に近いウィスコンシンで、レグ女史にはじめて会った。その時に、彼女から学んだのが、顧客が食事を準備するための5段階説である。
1 プランニング<計画>
2 ショッピング<購買>
3 プレッピング<準備>
4 クッキング<調理>
5 クリーンアップ<後片付け>
5つのステップすべてに配慮して、食事を提供するのがユークロップスの当時の競争対策であった。今も変わらない。さらに進んだ。オーガニックや自然食品、栄養価表示、低塩・低脂肪表示など「ヘルス&ウェルネス・ライフスタイル」<健康で快適な生活様式>をプリペアードフードの分野で提案していることだ。レグ女史は現場の革命とまで自己評価する。結果として、利益につながってもいる。
ここで見落としてはいけないことがある。
1989年にユークロップスがプリペアードフードをスタートさせた時、初めからセントラルキッチンをつくったことだ。すなわち加工センター方式をベースに、店舗での最終調理工程と組み合わせて、ミールを提供しているのだ。
1 小さくスタートする
2 ゆっくりと進める
3 常に改善する
4 現場の従業員の価値を評価する
5 投資し続ける
6 顧客の知識、期待、変化を尊重する
この6つの原則もプリペアードフードのトライ&エラーの中から学び取られていった。
サム・ウォルトンも、「小さく考えよう」と言い残している。
オースティンとシアトルの競合状況
3月26日から5日間、私は急遽、テキサス州のオースティンとワシントン州のシアトルを訪れた。シアトル在住のノブ・ミゾグチ氏との二人旅である。
オースティンでは、ウォルマートに侵攻され、果敢に耐えているHEバット(HEB、テキサス州のローカルチェーン、299店)の店をいくつも視察した。もちろん3月23日にオープンしたばかりのウォルマートスーパーセンタ‐・ラウンドロック店をはじめ、HEBと隣り合わせで競合しているエリアやフリーウェイの要所を抑えているウォルマート・スーパーセンターの既存店群にも入ってみた。ここでは全米第2位のスーパーマーケットチェーン・アルバートソンはひっそりとしている。大型のウォルマートとオースティンでのシェア53.8%のスーパーマーケットHEBがまるでセブン-イレブンとローソンのように、面競争している。
HEBは明らかに、ウォルマートと同質競争している部分では苦しい。しかし、高い地域占拠率がモノをいって、店をぎりぎりで支えている。一方、ウォルマートができないことをやっている売場は強い。プロデュースとデリ部門、ワイン部門である。さらに「セントラル・マーケット」と名づけられた大型高級スーパーマーケットはウォルマートとは別世界にある。
ところが今年3月3日、この地に本部を置くホールフーズ・マーケットが8万平方フィート(2200坪)の旗艦店をオープンさせた。オースティンに本部を持ちながら、この全米ナンバー1のオーガニック&ナチュラル・スーパーマーケット(この業態で168店のチェーンストアを成立させている事実は、凄い!)は、2店舗しか展開していない。オーガニック&ナチュラルは広大な商圏でしか成立しないからだ。しかしこの店が、筆舌に尽くしがたい魅力を持っている<理解するには自分の目で見るしかない!>。青果だけで200品目を超えるオーガニック商品、全店が有機食品・自然食品でアソートされ、その上でユークロップスばりのミールソリューションやデリが展開されているのだ。
この店の登場で、やはりこのテキサス州の州都地区に2店のHEBセントラル・マーケットは、衝撃を受けている。すなわちHEBはウォルマートとホールフーズの挟み撃ちにあってしまっているわけだ。お陰で3社以外は、アルバートソンもスーパーターゲットも霞んでいる。
3月28日、私たちはシアトルに移動した。
ここでもホールフーズの登場は、多くの都心立地のクオリティ&サービス型スーパーマーケット群に影響を与えている。ラリーズ、メトロポリタン・マーケット、PCCナチュラル・マーケット、そしてトレーダージョー。大都市であるから、これらのクオリティ&サービスタイプの店舗群はそれぞれが輝きを失わず、そこそこに売場を維持している。一方、クローガー傘下のクオリティフードセンター(QFC)やセーフウェイ、アルバートソンは郊外で激しい競合を繰り広げているが、ウォルマート・スーパーセンターやシアトルに本部を置くコストコに圧迫を受けている。とりわけアルバートソンがひどい。
私はここでも、ドロシーレーンのメイン氏やユークロップスのレグ女史の言葉を思い描いた。
「ウォルマートにできないこと」
「お客さまの第3の場所になること」
これらは実は、ウォルマートを創り上げることと同じくらい大変な仕事である。
考えてみると、ウォルマートに負けないくらい顧客にとって価値のある役目である。
ウォルマートがなければ生きていない顧客もいる。
ホールフーズ以外、許さない顧客もいる。
そしてウォルマートとコストとホールフーズを使い分けている顧客も多い。
アルバートソンとセーフウェイはそんな中で、「第3の場所」になりきれずにいる。HEBは高いシェアのお陰で、現在は必死で耐えている。それも、じりじりと下がりつつある中で。
では、日本のあなたは今、あなたの顧客の「第3の場所」になるために、何をするのだろうか。
小さく始め、ゆっくりと進め、常に改善する。
部下と顧客を信じ、その声に耳を傾けつつ、投資する。
やがて自分のお客さまの「第3の場所」になる。
ところで日本におけるウォルマートとは、いったいどこなのだろう。
あなたの町ではどの企業なのだろう。
この質問は、私から、あなたへの宿題。
(『食品商業』5月号(4月15日発行)掲載)
2005年4月5日 (株)商業界代表取締役・結城義晴