ショッキングな統計がある。
レコフというM&A仲介業者の調査。
昨2005年、日本中の全業種の企業買収発生件数は2841件。
前年対比で24%の伸長率を示した。
13兆4782億円という資金がM&Aに投資された。
さらに「ウェッジ」という雑誌に
「M&A人気業種ランキング」が掲載された。
現在の日本で、
M&Aしたいと望む会社や人物が多い業種の順位である。
1位 IT関連
2位 人材派遣・アウトソーシング関連
3位 薬局
4位 ビルメンテナンス関連
5位 食品スーパー
なんと、わがスーパーマーケットが
企業買収の対象として引っ張り凧なのだ。
5番目に人気がある。
実際にこの数年、
名だたる地域スーパーマーケット企業が
ナショナルチェーン、リージョナルチェーンの傘下に入った。
商社系や百貨店系、あるいは鉄道系の小売業グループの系列に入る事例も多い。
場合によっては、
アメリカやヨーロッパの国際チェーンストア企業が買収に絡むこともある。
資本の集約化が進んでいる。
これは確実なのだ。
なぜか。
そして、なぜ、今なのか。
日本のローカルチェーン天国
一つの理由は、日本の小売業、とりわけスーパーマーケット業界の特性にある。
私は、日本スーパーマーケットは「ローカルチェーン天国」の住人であったと思う。
アメリカを見ても、ヨーロッパのイギリスなど小売先進国を見ても、スーパーマーケットは上位寡占が進んでいる。
日本はこれだけ小売業が進んでいながら、特にスーパーマーケットには寡占現象が見られない。
多分、生鮮食品や日配品、惣菜が発達した消費市場をベースにしていることと関連していると思う。
ドライグロサリーのようなコモディティ化が進みにくい商品群が生鮮・準生鮮の分野だからである。
日本における生鮮食品のオペレーション革新の歴史は、生鮮のドライグロサリー化であった。
だから日本ではローカルチェーンが発達し、「ローカルチェーン天国」となった。
しかし、生鮮・準生鮮が、部分的に規模の経済に乗り始めた。
だから「食品スーパー」が資本集約の対象になり始めた。
もちろん、戦後スタートした企業における後継者問題もあろう。
企業とはゴーイングコンサーンで、成長し続けなければならないから、ローカルチェーンも、県単位を越えた出店戦略を持たねばならなくなるという問題もあるだろう。
成長の軌道に乗っていればいるほど、リージョナルチェーンへの経営戦略をとらねばならなくなる。
私は「クリティカル・マス」という考え方を、小売業に当てはめて考えている。
「クリティカル」とは「臨界の」という意味。
「マス」は「量」。
「クリティカル・マス」は1990年代から、世界の金融界、ITの世界で語られ始めた概念だ。
「ある限定されたマーケットで、一定の臨界量を超えると、最初に超えた者に、圧倒的なご利益が与えられる」。そのポイントを「クリティカル・マス」という。
それが生鮮・準生鮮の比率が高い日本のスーパーマーケット業界にも訪れようとしている。
だから、日本のスーパーマーケットにM&Aが進んでいる。
このクリティカル・マスと並んで、「範囲の経済」の概念が1990年代に登場した。
「クリティカル・マスは絶対的な数量の大小によって決まるものではない。範囲に対して相対的に決定されるものだ」
だからローカルチェーンの、リージョナルチェーンによるM&Aが日本で、今、多発している。
しかしこれは、「規模の経済論理」にスーパーマーケットが転換したという意味では断じてない。
コモディティ・グッズの規模の集約化は進んだ。
さらに生鮮・準生鮮というノン・コモディティのシステム・イノベーションも進化した。その結果、部分的にコモディティ化が進んだ。
だから、M&Aのメリットが少しだけ表面化してきた。
それが現状の日本スーパーマーケット業界なのである。
M&A人気業種順位5位とはこう言った意味なのだと、私は理解している。
クローガーの死んだ店
6月中旬、アメリカ・テキサス州。
商業界主催のアメリカスーパーマーケット視察セミナー。
オースティンではクロージングセール真っ只中のアルバートソンを訪れた。
アルバートソンは2005年段階で全米第2位のスーパーマーケットチェーン。
いわゆるナショナルチェーンである。
20世紀終盤には、アメリカのエクセレントカンパニーとしてモデルにされた企業。
そのアルバートソンが、3分割されて、M&Aに遭ったのが昨年。
オースティンの店舗群は、スーパーバリュに買収されて、営業を続けるという方針が出されたものの、訪れた店舗は閉店セールの最中で、かつてアルバートソンにあこがれたツアー団員に衝撃を与えた。
翌日、ダラス・プラノ地区のクローガー店舗を訪問。
道路を挟んだ向かいには、オーガニック&ナチュラルスーパーマーケットとして既存店前年比12.8%を挙げる178店舗のホールフーズマーケットが出店している。
全米第1位のクローガーの店舗も、一目瞭然で「死んだ店」となっている。
床はぴかぴかに磨かれている。
生鮮売場を含めた商品も整然と並んでいる。
いたるところに販促の仕掛けが施され、満載のハイ&ロー・プロモーションである。
しかし、顧客はピクリとも反応していない。
英語で言えば、かつての「メインストリーム」の店舗は、死んだ店も同然の状態になっている。
それでもクローガーの全体の成績は、悪くはない。
私は、「スーパーマーケットのナショナルチェーンは成立しない」のではないかと仮説を立てた。
このツアーで、最初に訪れたのが、ワシントン州のシアトル。
イチローとジョージマで有名なマリナーズの本拠地である。
このエリアにはクローガーの傘下にあるQFCというスーパーマーケット企業がある。
同じようにホールフーズとぶつかっている。
しかし、こちらは互角の闘いぶり。
店舗はかつての「メインストリーム」ではない。
なぜダラスのクローガー本体の店が死んでいて、シアトルのクローガー子会社QFCの店が生きているのか。
スーパーマーケットは、いやチェーンストアは、ローカルチェーンの単位が戦略単位として最重要だからである。
私はそう強く確信した。
商人の本籍地と現住所
翻って、日本スーパーマーケットのM&Aに関しても、ローカルチェーンの単位を重視しない場合には、破綻が待っている。
生鮮食品・準生鮮食品の革新が進むほどに、この分野もコモディティ化してくる。
すると必然的にM&Aの対象となってくる。
これは、寂しいことかもしれないが、否定できない。
しかしローカルチェーンの単位こそ、最も重要なものなのだ。
このことは、M&Aを推進する側にも、M&Aされる側にも、知っておいてもらいたい。
M&Aを推し進めて、大きくなっても、アルバートソンのようになる危険性をもつ。
日本ではこの危険性のほうが大きいかもしれない。
M&Aされる企業には、ローカルチェーンとして社会的機能を有するからこそ、買収されたのだと知ってもらいたい。
企業買収する側も、会社を買うわけであるから、良いものを安く買いたいはずだ。
M&Aの俎上に載るのは、利益の出る可能性がある企業や店舗である。
この理解の上に、最後にM&Aされる企業の経営者、幹部、社員に言いたい。
「商人の本籍地」と「商人の現住所」の考え方を明確にせよ、と。
商人の本籍地とは、スーパーマーケットマンとしての原点である。
あなたの商人としての原点は、何だろうか。
「店は客のためにある」だろうか。
「今晩のおかず屋」だろうか。
「内食材料提供業」だろうか。
「ライフスタイルアソートメント」だろうか。
そして、そのためにあなたとあなたの会社は、どんな理念武装、理論武装、技術武装をしてきただろうか。
この本籍地の確認が出来ていれば、なにも恐れるものはない。
現住所がどこに移動しようが、あなたは必ず社会貢献できる。
生きてゆける。
家族を養ってゆける。
スーパーマーケットM&A時代の会社と個人の生き残り方は、「商人としての本籍地と現住所」の自覚に他ならないのである。
〈結城義晴〉