突然ですが、プロフェッサー富田から、
退院の許可が、発せられました。
今日、4月3日、晴れて、退院。
ありがたいことです。
ベッド、パソコン、お世話になりました。
昨日、バイク便で、単行本の再校が届けられました。
それを、読みつつ、退院します。
「『お客様のため』に、いちばん大切なこと」
単行本をつくりながらの入院。
「ポスト資本主義社会の中の知識商人」
商業現代化を考えながらの退院。
繰り返しますが、
「知識商人」は、
「専門知識」とともに、
「専門技術」を持っていて、
しかもそれを駆使しながら、
「お客様のため」に、
行動できる職業人のことです。
ここで重要なのは、
行動できること、
実行できること、
実践できること。
結果として、
お客様の満足を、
実現できること。
最後のところが「知識商人」として、
大切なことです。
一般にいわれる「モノ」だけではなく、「コト」も大切。
これが、「知識商人の専門知識」の一部でもあります。
モノの典型としての「コモディティ・グッズ」も、
人が生活していく上では不可欠です。
今、日本中がガソリンに注目しているように。
ガソリンなしでは、車は走らない。
ガソリンは、レギュラーとハイオクしかない。
だから、ガソリンに「コト」販売はしにくい。
一方、ノンコモディティには、
さまざまな「コト」が付随している。
それをお客様から「待ってました」といわれるくらいに、
お客様の目の前に御披露する。
それが、「知識商人の専門知識」の「見える化」です。
さて、3月24日に入院した時には、
右目の眼圧が47にも上がっていました。
「このままでは失明する」
そう言われました。
しかし今朝、その眼圧は14に下がりました。
正常な左目とかわらない状態に。
ありがたいことです。
二度の手術の後の、夜中の食事も、
ご飯一粒、残さず食べてきました。
本当にありがたいことです。
でも、入院の予定は2週間でしたから、
退院したといっても、
今週いっぱいは自宅療養します。
それからです、
パワー全開で、4月17日、
商人舎発足の会へ突入です。
元気になった結城義晴に、
会いに来てください。
「目一杯の元気を差し上げます!」
商人舎発足の会、
「流通業界のVIPをこんなに集めて、
何かあったらどうするんだ」
こう言われました。
そう考えると、恐ろしいくらいです。
21世紀の日本商業を担う人ばかり。
でも、お集まりいただく「発起人」の皆さん。
規模が大きな会社の社長さん、会長さんばかりでは、
ありません。
「本物の商人」
「本当の親友」
「素晴らしい同志」
私がこう考える人に、
たくさん発起人になっていただきました。
岩手県の小松製菓・小松務さん、
石川県の芝寿し・梶谷晋弘さん、
埼玉県のダスキンくりはらの栗原一博さん。
それに足利屋洋品店店主・「虹の架橋」編集長の松崎靖さん、
福岡県のむすんでひらいて原田政照さん。
さらに、ニチイ創業者夫人の西端春枝さん。
私の尊敬する人です。
もっともっと多くの人にも、
お集まりいただきます。
会社や売上高の規模だけではないのです。
昭和30年代のことです。
箱根の商業界ゼミナールの一室。
深夜。
倉本長治先生をはじめとするそうそうたる先生方が、
談笑したり、議論したりしていました。
その後お菓子のタカラブネを創業することになる野口五郎さん。
遠くで、その光景を見ていました。
すると長治先生が言いました。
「野口君、こっちに来て、仲間に入りなさい。
君も、僕たちの仲間なんだから」
そう声をかけられた野口さん、
涙が出るほどうれしかったそうです。
そして、そこから勉強を重ねて、
タカラブネのチェーンをつくりました。
大切なのは、
自分に誇りを持つことです。
誇りを持てるように努力することです。
努力すると決意することです。
それだけでももう、
仲間であり、
同志なのです。
私は、4月17日を、そんな日にしたいのです。
イオン岡田元也さんやユニクロ柳井正さんと、
仲間になっていただきたいのです。
同志として、同じ空気を吸っていただきたいのです。
私の友達は、みんな仲間。
みんな同志です。
「お客様のために」と
仕事し続ける「知識商人」なのです。
退院します。
感謝の気持ちを、胸一杯にして。
ありがとうございました。
<結城義晴>