JR東日本の新幹線には五つの路線がある。
東北、上越、長野、山形、秋田。
そのすべてが、一昨日、一時運休。
私はJALの空の便で小松空港に飛んでいたが、
新幹線トラブルの原因は、
運行一括管理システム「COSMOS(コスモス)」に関連していた。
面白いことに、朝日新聞は、
「運行担当部門がシステム表示の仕組みを知らされておらず、
不具合発生と誤解したためだった」点を強調し、
読売新聞は「ダイヤ変更情報の件数が、
新幹線の運行管理システムの設定上限を超えた」ことを、
主な理由にしている。
どちらもJR東日本の記者会見を取材し、
同じ言葉を聞いているのに、
強調する点が違う。
朝日は「人為的な事故」とし、
読売は「システムの上限の問題」とする。
理由をどこに求めるか。
もちろんどちらも原因に大きく影響していて、
それが同時に理由となって起こったトラブル。
しかし、どちらを第一に考えるかによって、
対応は変わってくる。
人の問題なのか、
システムの問題なのか。
新聞によって、捉え方が違うことそのものが、
問題の本質を描いている。
さて、昨日は、雪の金沢。
午前中は、
芝寿しの創業者・故梶谷忠司さんのご霊前へ。
お線香をあげ、手を合わせて、
心から感謝しつつご冥福を祈った。
梶谷さんは商業界のエルダーとして、
全国の商業者のリーダーだった。
1913年、大阪に生まれ、
大阪市立天王寺商業卒業後、
製菓会社に入社し、20歳で独立、菓子製造業を始める。
日中戦争に応召された後、
戦後、製塩業、喫茶店、古着店、化粧品店、趣味の店、ボタン店、
洋装店、毛糸店、東芝のショールームなど、
10回転職し、最後に、1958(昭和33)年、芝寿しを創業。
月産200万個の笹寿しを筆頭に、ヒット商品を連発し、
北陸を代表する食品製造小売企業を育てた。
昨年11月30日朝8時、97歳の天寿を全うされた。
12月20日には「偲ぶ会」が開催され、
金沢国際ホテルは哀悼の意を表する人々であふれた。
とにかく動く人だった。
体が、心が、気持ちが。
私もその心づかいに、
何度も何度も感動させられた。
その梶谷エルダーとの私のお別れが、
遅ればせながら昨日だった。
ご遺体は金沢大学の医学部に献体された。
ご冥福を祈りたい。
合掌。
その後、商業界石川県同友会「華の集い」で、講演。
この会は、梶谷香月さんがつくった女性経営者の会。
梶谷エルダーのご長男が、現在の芝寿し代表取締役社長の梶谷晋弘さん。
香月さんはその晋弘さんと夫唱婦随のおしどり夫婦として有名だが、
芝寿しの常務取締役であり、女性経営者たちのリーダーでもある。
11時半から1時間ちょっと、講義。
テーマは「倉本長治とピーター・ドラッカー」
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーを読んだら』は、
222万部の「超」のつく大ヒット単行本となっている。
通称「もしドラ」のこの本が読まれるようになったから、
今回のようなテーマを掲げての講義もできるようになった。
マックス・ウェーバーの話から始めた。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」。
そして倉本長治の『商売十訓』とドラッカーのマネジメント。
驚くほどに共通することが多い。
『商売十訓』の第九訓。
「文化のために経営を合理化せよ」
今回は特にこの第九訓を丁寧に語った。
梶谷忠司さんがこの言葉にふさわしい人だったから。
ドラッカーは、言う。
「仕事が出来る者は、集中する」
そして続ける。
「集中するための原則は、
生産的でなくなった過去のものを捨てることである。
過去を捨てなければ、明日をつくることは出来ない」
これが、「経営の合理化」そのものである。
ドラッカーにならって、
生産的でなくなった過去のものを捨てる。
何が残るか。
生産的な過去のもの。
それが「文化」である。
明日につながる昨日のもの。
それが「文化」である。
だから「文化」のために「経営」を「合理化」することは、
なんら矛盾するものではない。
10数回の転職を繰り返した梶谷忠司は、
非生産的な過去のものを捨て続けた。
そして芝寿しという文化をつくった。
「文化のために経営を合理化せよ」
その後、昼食会。
料理長の榎本桂治さんが、
この会のためにつくってくれたデコレーション。
昼食しながら、3時半まで質疑応答。
一人ひとりの考え方や問題・課題が披露され、
私がそれに答えるスタイル。
しかし、みんな「自分で答えを持っている」。
私はそれを引き出す役目。
気づかせる機能。
全員から学ばせてもらった。
心から感謝。
夕刻の便で帰京。
日本海側から太平洋側へのフライト。
比較的穏やかな気候。
夕闇が迫る上空3000メートルに、
ぽっかり浮かんだ月が美しかった。
羽田に着いて、モノレールに乗り、
山手線に乗り換えて、
東京から日本橋へ。
商業経営問題研究会(通称RMLC〉の1月例会は終了していたが、
その流れの新年会に参加。
このRMLCで単行本を執筆することが決まった。
目出度い。
左から㈱たいらや社長の村上篤三郎さん、
代表世話人の高木和成さん、
月刊『マーチャンダイジング』編集長の宮崎文隆さん。
RMLCも非生産的となった過去のものを捨てて、
「集中」しなければならない。
「出来る者は、自分の強みに集中する」からである。
<結城義晴>