米長邦雄逝去。
日本将棋連盟会長。
享年69。
まことに惜しい。
米長の命を奪った前立腺癌を憎む。
山梨県増穂町出身、佐瀬勇次名誉九段門下。
1985年、十段、棋聖、王将、棋王の四冠王。
1993年、49歳11カ月で、史上最年長名人位奪取記録。
大棋士にはそれぞれの棋風にニックネームがつく。
米長は「泥沼流」。
局面を複雑にして逆転勝ちを狙う棋風。
羽生善治の追悼コメントがいい。
「『相手にとって重要で
自分にとって無関係な一局にこそ
全力を尽くす』
この米長哲学は、
将棋界の要であり、礎でもあります」
私も米長語録のなかで、
これが一番好きだ。
ご冥福を祈りたい。
さて朝日新聞の「オピニオン」欄。
「終幕 熱狂なき294」のなかで、
東京大学教授の森政稔さんが発言。
すごく凄く、いい。
専門は政治・社会思想史。
「政治制度改革では、
政権交代を起きやすくすることと、
強いリーダーシップを確立することを最優先に考えて
小選挙区比例代表制が導入されました」
しかし「実質的には
政治制度改革が意図したビジョンとは
反対のものになっています」
「改革は必要だとは思いますが、
一気に覆って
社会が良くなるという事態は、
複雑な現代社会では考えにくい」
「それなのに『改革』『決断』という言葉が、
その内容の検討なしにまかり通るのは、
中身のない決断主義を招いて危険です」
まったく賛成。
「そういう傾向だけは
小泉改革から民主党政権を通して、
今回の橋下徹さんに至るまで、
奇妙に一貫しているのです」
「中身をお任せにしてリーダーに期待するのは
民主主義とは言いがたい」
拍手、拍手。
「政治にできることは限られているのに、
期待だけはあおられるために、
そのギャップがフラストレーションを生んでいます」
だからどうするか。
「政治への過剰な期待を捨てること、
しかし政治への監視を怠らないこと」
森さんは、精神科医の中井久夫さんの発言を取り上げる。
阪神大震災や東日本大震災を受けての主張。
『日本では
ふつうのひとがしっかりしているから
なんとかなっている』
「その通りです」
私もそう思う。
「正義や公平が著しく損なわれれば、
まじめに働くことがばかばかしくなり、
人々がそれぞれの持ち場を放棄するようになって、
この国に本当の危機がやってきます」
私たちは商業・小売流通業・サービス業の現場で、
このことを食い止めねばならない。
「最近の政治は残念ながら
このばかばかしさを強める方向に作用してきた」
その通り。
「今回の低投票率は、
有権者の政治への不信の無言の表現」
「ただし民主主義では、
結果的に選んでしまわざるを得ないのであり、
その責任は結局有権者に戻ってくる」
だから、選挙し、投票し、
そのことに責任を持って、
監視を怠らないこと。
さらに政治への過剰な期待を捨て、
自らの「持ち場」をしっかりと守る。
日本では、ふつうの人が、
しっかりしなければならない。
ここでいう「ふつうの人」とは、
政治家ではない人。
政治家ではない人たちが、
政治への過剰な期待を捨て、
自分の持ち場を守る。
わたしたちは、
「店」を守る。
「商品」を守る。
「会社」を守る。
四国・徳島のキョーエイに倉本長治が送った言葉。
「市民生活を守る砦たれ」
私たちはそれを成し遂げつつ、
「複雑な現代社会」が、
ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ、
解きほぐされて、良くなってゆくことを辛抱強く待つ。
必ず、良くなることを信じて。
「政治家にとって重要で、
自分にとって無関係な局面にこそ、
全力を尽くして、投票する」
米長邦雄の哲学は、
選挙のときにこそ活きてくる。
〈結城義晴〉