69回目の終戦記念日。
その8月15日。
晴れ渡った横浜港。
風が強い。
だから房総半島や三浦半島が見える。
東京スカイツリーや東京タワーも。
わが日の本は島国よ
朝日かがよう海に
連りそばだつ島々なれば
あらゆる国より舟こそ通え
されば港の数多かれど
この横浜にまさるあらめや
むかし思えばとま屋の煙
ちらりほらりと立てりしところ
今はもも舟もも千舟
泊るところぞ見よや
果なく栄えて行くらんみ代を
飾る宝も入りくる港
「横浜市歌」。
1909年、明治42年、
南能衛が作った曲に、
森林太郎が詞をつけた。
林太郎は、あの鴎外。
私は博多生まれの横浜育ち。
この横浜の歌を聴くと、
なぜか胸がジンとしてくる。
最初と三番目のパラグラフが同じ旋律。
重厚ではあるが行進曲風。
真ん中のサビの部分は、
ゆったりとした歌唱曲風。
横浜市民は、
この自分たちの市の歌を誇りにしている。
歌詞の中、
「果てなく栄えて行くらん御代を」の「御代」は、
「天皇の時代」という意味だが、
明治の時代に森鴎外が書いた詞だ。
時を経た現代には、
主権在民の「尊い民(たみ)の時代」とでも、
とらえたらいいと私は思う。
経済が繁栄するところに、
平和がある。
商売繁盛のなかに、
安穏がある。
日本の平和は、
経済の発展に支えられる。
故渥美俊一先生は、
「経済民主主義」を唱えたが、
この概念は1928年に、
フリッツ・ナフタリが『経済民主主義』と題して、
多くの研究者の議論をまとめた。
ドイツ・ワイマール共和国時代、
社会民主党系労働組合運動の理論である。
「経済民主主義とは、
経済的諸関係の民主化によって、
政治的民主主義を仕上げること」
故上野光平先生は、
商業界での講義のなかで、
そのことを指摘したうえで、
「経済民主主義」を渥美流に、
言葉通りに受け取ることも、
「まぁ、良しとしよう」と述懐した。
私も、上野光平と同じ考えだ。
それは森鴎外の「御代」を、
「民の時代」と理解する姿勢と、
似ていなくもない。
ただし知識商人ならば、
声高に「経済民主主義」という言葉を、
唱えるだけという態度は慎みたい。
「経済民主主義」は、
ワイマール時代の労働運動理論として登場し、
それは政治的民主主義を目標としていた。
しかし渥美俊一は、
「経済民主主義」の実現を、
チェーンストア産業化のスローガンとして使った。
国民が等しく
経済的豊かさを享受できる社会。
そんな社会をつくるために、
本格的なチェーンストアが必須である。
上野光平の博識に驚かされるが、
上野光平はコミュニストでもあった。
だから労働運動に詳しい。
もちろん上野はコミュニストである以上に、
ヒューマニストだったけれど。
チェーンストアによる経済民主主義は、
明らかに近代化思想である。
私は現代化を標榜する。
その現代化は脱近代化。
モダンに対するポスト・モダン。
「経済的諸関係」は、
ワイマール時代とは異なる。
「経済的豊かさ」も、
戦後から高度成長の時代とは、
もう異次元のレベルだ。
だから現代化が必須。
しかし、それでも、
69回目の終戦記念の日。
商売繁盛のなかに、
安穏を求めたい。
〈結城義晴〉