猫の目で見る博物誌――。
ひととおり、
「博物誌」の説明が終わって、
今日から、「猫の目博物誌」本編スタート。
梅雨はあじさいの季節でもある。
葛飾北斎『北斎花鳥画集』
「紫陽花に燕」
カメラクルーが、
あじさいの花をバックに、
若い女性の写真を撮る。
モデルは浴衣を着て、
運動靴を履いている。
変だ。
学名Hydrangea macrophylla。
アジサイ科アジサイ属。
その群生。
美しい。
しかし、同じ株から咲いているのに、
花によって色が異なる。
場所によって赤い花が多かったり、
青い花が多かったりする。
鉢から庭に植え替えたら、
花の色が変わる。
さらに時間の経過とともに、
アジサイの花の色が変わる。
アジサイの色変わり。
猫の目は、それが不思議。
問題は色素と土壌。
アジサイの花に含まれる色素は、
アントシアニンの一種デルフィニジン。
赤ワインのカベルネソーヴィニヨンの赤紫色は、
このデルフィニジン。
だからアジサイは赤紫色が基本。
このデルフィニジンに、
補助色素とアルミニウムが加わって、
それらの関係によって、
アジサイの花の色が決まるし、変わる。
デルフィニジンはもともと、
アジサイの花の中に含まれている色素。
補助色素は花に色がつき始めると、
花の中で合成される色素。
アルミニウムは、
根から吸収されて、
アジサイの中に入ってくる金属元素。
まず、アジサイの咲き始めは薄い黄緑色。
最初は、花に葉緑素が入っているので
緑っぽい花が咲く。
しかし、この葉緑素は、
次第に分解されて、
緑色は消えていく。
代わってデルフィニジンが合成されていく。
同じころに補助色素も合成されて、
本来の赤紫色に色づいていく。
このときアルミニウムが仕事をする。
アルミニウムは外界から入ってくる金属元素で、
色に関係する。
アルミニウムが含まれている花は青に色づく。
アルミニウムが含まれていない花は、
赤に色づく。
そしてアルミニウムの摂取が、
その中間の場合、紫色になる。
土壌の状況によって、
その摂取の度合いが異なる。
酸性土壌にあるアルミニウ ムは、
溶けて根が吸収しやすくなっている。
土壌が中性、あるいはややアルカリ性であったら、
アルミニウムは溶けにくい状態になっている。
つまり酸性土壌で青いアジサイ、
中性、アルカリ性土壌で赤いアジサイ。
さらに同じ株なら同じ土壌にあるから、
花の色はすべては同じ色になるはず。
しかし、同じ株にも多数の根がある。
ある根はアルミニウムを吸収しやすい場所にあり、
別の根の先はそれをを吸収しにくい場所にある。
すると、同じ株の花でも、
前者の根から養分を吸い上げている花は青色、
後者の場合は赤色となる。
しかしアジサイも、
盛りが過ぎると褪色して、
再び薄い色になり、
色調もくすんでくる。
きれいな青色は色があせて、
やや紫っぽくなる。
これは、花の中の酸性の程度が、
強くなってきたから。
色素自体も少しずつ分解していく。
植物が年を取ってくると、
細胞液の中の酸性物質が徐々に増える。
人間ならば、血液が循環して、
不要なものを汗や、尿として排除する。
植物には清浄機能をもつ循環器官がない。
だから、老化に伴う細胞の変化が、
アジサイの花の色に変化を起こす。
正岡子規の句。
紫陽花やはなだにかはるきのふけふ
はなだは「縹」と書く。
薄い青色。
紫陽花が、昨日今日と、
薄くて淡い青色に変わっていく。
もう一句。
紫陽花の末一色となりにけり
〈小林一茶〉
「すえひといろ」。
紫陽花の色が変わって、
最後の一色となってしまった。
子規も一茶も、
アジサイの色変わりを句にした。
それは花の老いを嘆いていることになる。
猫にもわかる気がする。
〈『猫の目博物誌』(未刊)より by yuuki〉