猫の目で見る博物誌――。
猫の目は美しいものを見分ける。
おもしろいものもわかる。
そんな目で見る博物誌――。
晩秋に似合うものは、
イチョウ。
漢字表記は「銀杏」
「公孫樹」「鴨脚樹」などとも記される。
イチョウは種子植物の裸子植物。
種子植物は生殖器官として「花」を持つ。
そこで「顕花植物」と呼ばれる。
有性生殖の結果として、
種子を形成する。
その種子植物は二つに分類される。
第一がイチョウなどの裸子植物、
第二が花の咲く被子植物。
裸子植物とは、
種子植物のうちで、
胚珠がむきだしになっているもの。
被子植物は、
生殖器官の花の特殊化が進んで、
胚珠が心皮にくるまれて、
子房の中に収まったもの。
イチョウはその裸子植物門の、
イチョウ綱イチョウ目イチョウ科に属す。
学名はGinkgo biloba。
現存する唯一のイチョウ綱で、
したがって「生きている化石」として、
絶滅危惧1B類に指定されている。
意外なようだが。
イチョウ科の植物は、
中生代から古生代にかけて、
世界中に繁茂していた。
しかし、氷河期にほぼ絶滅した。
ただし一種だけ生きながらえた。
ところは中国。
それは仏教寺院などに植えられ、
さらに日本には薬種として伝来した。
ドイツ人のエンゲルベルト・ケンペル、
『日本誌』の著者で、医師・博物学者。
17世紀に日本の長崎から、
イチョウの種子を持ち帰った。
それが各地の植物園に移植され、
広く栽培されるようになった。
その後18世紀にはドイツをはじめ、
欧州各地で植えられるようになった。
高さ20~30メートルの落葉樹。
葉は扇形。
中央部に浅い裂け目があり、
秋に黄葉する。
イチョウは雌雄異株(しゆういしゅ)。
雌花と雄花を別々の個体につける。
春に、葉の付け根に、尾のような雄花と、
柄のある2個の胚珠をもつ雌花をつける。
4月から5月ごろ受粉し、
新緑から万緑へ。
9月から10月ごろ精子が放出され、
受精が行われる。
受精によって胚珠は成熟を開始し、
11月ごろに種子に熟成する。
果実は丸い。
熟すと外種皮は黄橙色になる。
内種皮は白い皮となって種子を包む。
その種子が「銀杏(ぎんなん)」
日本食には欠かせない食材。
中国が原産。
黄葉時の美しさと剪定に強いことから、
街路樹として全国的に多用されている。
また、イチョウ材は、
油分を含んでいて水はけがよく、
加工性に優れ、ゆがみも出にくい。
カウンターの天板、構造材、
建具、家具などに利用される。
碁盤、将棋盤にも使われる。
1817年、ドイツの詩人ゲーテは、
詩集『銀杏の葉』を出した。
その代表作が、
『銀杏の葉~Gingo Biloba』
これは はるばると東洋から
わたしの庭に移された木の葉です
この葉には 賢者の心をよろこばせる
ふかい意味がふくまれています
これはもともと一枚の葉が
裂かれて二枚になったのでしょうか
それとも二枚の葉が相手を見つけて
一枚になったのでしょうか
こうした問いに答えられる
本当の意味がどうやらわかってきました
わたしの歌を読んであなたは
お気づきになりませんか
わたしも一枚でありながら
あなたとむすばれた二枚の葉であることが
『ゲーテ詩集』より(訳・井上正蔵、旺文社文庫)
銀杏の俳句でおもしろいのは、
夏目漱石。
鐘つけば銀杏散るなり建長寺
実はこの句が、
正岡子規の有名な俳句の下敷きになった。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
銀杏が柿のもとになった。
猫の目にも、おもしろい。
(『猫の目博物誌』〈未刊〉より by yuuki)