猫の目で見る博物誌――。
猫の目は色を見分けることが苦手だ。
それでも猫の感覚は季節をとらえる。
鮮やかな黄色は、もう一つの春の色です。
菜の花畠に、入日薄れ、
見わたす山の端、霞ふかし。
春風そよふく、空を見れば、
夕月かかりて、にほひ淡し。
里わの火影も、森の色も、
田中の小路をたどる人も、
蛙のなくねも、かねの音も、
さながら霞める 朧月夜。
高野辰之作詞、岡野貞一作曲 『朧月夜』
「菜の花」は、
アブラナ科アブラナ属の花の総称。
なかなか、難しい植物だ。
アブラナ属(Brassica)に所属する種は、
30種にも上る。
このアブラナ属の植物は、
多くが自家受粉しない。
つまり他家受粉。
自家受粉は、花粉が、
同じ個体にあるめしべの柱頭につくこと。
他家受粉は花粉が、
他の花の柱頭につくこと。
つまりアブラナ属は、
自家受粉に向かない性質、
「自家不和合性」を持つ虫媒花である。
そのため種の間に、
交雑(異種交配)が生じやすい。
属の間にも交雑が起こる。
だから多数の品種や変種が存在している。
逆に農業や園芸の場合、
この交雑性を活用して、
多様な栽培品種がつくられる。
その結果、野菜売場にも、
多彩な品種が並ぶことになる。
葉や茎は野菜として、
根は香辛料として、
種子は植物油の原料として、
無駄なく活用される。
もちろん花は観賞用に供される。
日本在来のアブラナは「油菜」と書いて、
アブラナ科アブラナ属の二年生植物。
学名はBrassica rapa var. nippo-oleifera。
弥生時代から、
一つは野菜として栽培され、
これが「ナノハナ(菜の花)」と呼ばれた。
古事記では「吉備の菘菜(あおな)」、
万葉集では「佐野の茎立(くくたち)」。
また江戸時代から油として使われたが、
その油を採るため栽培された作物は、
「ナタネ(菜種)」といった。
油は菜種油。
在来種のアブラナは現在、
野菜として生産される。
したがって開花前に収穫されてしまう。
菜の花として見ることは少ない。
世界的に栽培されているのは、
セイヨウアブラナ(西洋油菜)である。
英語でrapeseed、
略してrape。
学名はBrassica napus。
アブラナ科アブラナ属の二年生植物。
原産地は北ヨーロッパからシベリア。
その海岸地帯に生息した。
セイヨウアブラナは、
日本には明治時代初期に入ってきた。
種子が植物油として活用される。
北海道滝川市の菜の花畑。
札幌と旭川の中間地点より、
やや旭川寄りに位置する。
春には「たきかわ菜の花まつり」開催。
写真はたきかわ観光協会が提供している。
美しい。
そのほかの「菜の花」の仲間の、
学名を並べておこう。
ミズナはB. rapa var. nipposinica
欧州系カブはB. rapa var. rapa
アジア系カブはB. rapa var. glabra
ハクサイはB. rapa var. pekinensis
ノザワナはB. rapa var. hakabura
コマツナはB. rapa var. perviridis
パクチョイやチンゲンサイは、
B. rapa var. chinensis
ターサイはB. rapa var. narinosa。
(B.はBrassicaの略)
河川敷で開花した菜の花は、
カラシナ、Brassica juncea。
与謝蕪村には菜の花の句が多い。
よほど春が好きだったのだろう。
蕪村が見ていたのはもちろん、
日本在来種のアブラナだった。
もっとも有名な句。
菜の花や月は東に日は西に
兵庫県六甲山地の摩耶山(まやさん)の句。
菜の花や摩耶を下れば日の暮るる
クジラ漁の村。
菜の花や鯨もよらず海暮ぬ
そして、春の彼岸。
菜の花を墓に手向けん金福寺
最後に、小学校低学年の教科書にある。
「あいうえおであそぼう」
あやとりいすとり あいうえお
かきのみくわのみ かきくけこ
さんかくしかく さしすせそ
たいことつりいと たちつてと
なのはなののはな なにぬねの
はるのひふゆのひ はひふへほ
まつむしみのむし まみむめも
やかんようかん やいゆえよ
らんらんるんるん らりるれろ
わくわくわいわい わいうえお
ん
菜の花は美しい。
けれど生命力が強い。
だから交雑種が、世界を覆う。
それでも、この日本の歌が一番いい。
「なのはな のの はな なにぬねの」
(『猫の目博物誌』〈未刊〉より by yuuki)