猫の目で見る博物誌――。
猫の目は季節を読み取る。
5月の終わり、6月の始まり。
そんなころの花は、菖蒲。
「いずれ菖蒲か杜若」
どれも素晴らしくて優劣がつけ難いこと。
どちらもすぐれていて選択に迷うこと。
ツツジとサツキ、シャクナゲ。
ツバキと寒椿、山茶花。
自然界にはそんなものが多い。
「菖蒲」は、「アヤメ」とも読むし、
もちろん「ショウブ」でもある。
「杜若」は「カキツバタ」
そのアヤメの学名は、
ラテン語のIris sanguinea。
英語で、Siberian iris。
和名の「アヤメ」は、
「菖蒲」と書くし、「文目」「綾目」でもある。
アヤメ科アヤメ属の多年草。
アヤメは山野の草地に自生する。
おなじアヤメ科アヤメ属だが、
ハナショウブやカキツバタは、
湿地に生える。
アヤメの葉は、
40cmから60cmで細長く、直立する。
8cmくらいの紺色の花を1~3個咲かせる。
外花被片で、網目模様がある。
アヤメの「綾目」の名は、
この網目模様からきている。
花弁を「内花被」といい、
萼(がく)を「外花被」という。
アヤメは外花被が、
前面に垂れ下がっていて、
そこに綾目模様がある。
一方、カキツバタは、
外花被片に網目模様がなくて、
白い斑紋がある。
ハナショウブも、
外花被片に網目模様がなくて、
黄色い斑紋がある。
つまり「菖蒲」は、
ツツジ、サツキ、シャクナゲや
ツバキ、寒椿、山茶花と同様に、
見分けにくいけれど異なる仲間を持つ。
ただし、「菖蒲」にはもうひとつ、
別の仲間がある。
ハナショウブとは違う「葉菖蒲」
つまり、
①アヤメ
②ハナショウブ
③カキツバタ
④ショウブ
④が菖蒲湯に入れる「菖蒲」
この「ショウブ」がちょっと面倒くさい。
植物分類で諸説あるからだ。
まず一番最初にできた分類体系は、
1700年代のカール・フォン・リンネの体系。
リンネはスウェーデン人。
次にアドルフ・エングラーの体系。
エングラーは1889年から1921年、
ベルリン大学教授だったドイツ人。
ベルリン・ダーレム植物園館長兼務。
その後、1950年代から60年代に、
新エングラー体系が登場した。
ハンス・メルヒオールらが提唱。
メルヒオールもドイツ人。
さらに1980年代には、
クロンキスト体系が生まれる。
米国人アーサー・クロンキストが提唱。
そして1998年に、
DNA解析によるAPG体系が発表される。
先端的な学術分野ではAPG体系が主流で、
クロンキスト体系以前のものは、
「歴史的体系」と位置づけられている。
④のショウブは、
新エングラー体系などでは、
サトイモ目サトイモ科のショウブ属、
クロンキスト体系では、
サトイモ目ショウブ科。
そしてAPG体系では、
ショウブ目ショウブ科のショウブ属。
しかしいずれも、
アヤメ科アヤメ属とは異なる。
ショウブ(Acorus calamus)は、
アヤメなどと葉が類似している。
しかし花は蒲(がま)の穂のような黄色。
花を見れば全く異なる分類であることが、
はっきりとわかる。
しかし菖蒲湯などで使われるから、
商品となる。
ハナショウブ、アヤメ、カキツバタとは、
分類が違うことは覚えておきたい。
アヤメは山野に生えるし、
畑のような乾燥地で栽培される。
カキツバタは水辺などの湿地帯、
ハナショウブはその中間で、
畑地でも湿地でも栽培できる。
だから水辺に咲くのはアヤメではない。
ハナショウブかカキツバタ。
花の大きさは、
大輪がハナショウブ、
中輪がカキツバタ、
小輪がアヤメ。
網目模様も三者三様。
アヤメが網目模様、
カキツバタが白い斑点模様、
ハナショウブが黄色の斑点模様。
アヤメが5月中旬から下旬に咲く。
カキツバタも5月中旬、
ハナショウブは5月下旬から6月下旬。
各地の菖蒲園の祭りなどは、
だからハナショウブが多い。
(写真はhttp://www.masugatasou.jp/ayame1より)
日本四大菖蒲園は、
新潟県新発田市の五十公野公園あやめ園、
山形県長井市の長井あやめ公園、
茨城県潮来市の前川あやめ園、
千葉県佐原市の佐原市立水生植物園。
ハナショウブは大輪で見栄えも良いから。
ハナショウブは江戸時代中期に、
自生したノハナショウブが改良され、
それが発達して日本の伝統園芸植物。
だから万葉時代から、
歌に詠まれてきたのはカキツバタ。
「菖蒲」は葉菖蒲のことだった。
から衣
きつつなれにし
妻しあれば
はるばる来ぬる
旅をしぞ思ふ
在原業平の歌で、
『古今和歌集』『伊勢物語』に登場する。
平安の歌人在原業平。
東下りのときに、
三河の国・八橋で詠んだ。
「か・き・つ・ば・た」の5文字が、
句頭にいれて読まれている。
八橋はカキツバタの名勝地だった。
しゃれている。
アヤメ、ハナショウブ、カキツバタ。
それぞれ似ているけれど違いはある。
それがポジショニングというものです。
違いこそ存在価値です。
(『猫の目博物誌』〈未刊〉より by yuuki)