平昌冬季オリンピックも最終盤。
カーリング女子は準決勝。
日本がベスト4に残って、
この冬季五輪のハイライト。
女子フィギアスケートも、
冬季五輪の花。
浅田真央やキム・ヨナがいないのが、
ちょっと寂しい。
しかし最後まで、
楽しませてくれる。
今日は横浜商人舎オフィス。
渦原実男先生の著書が届いた。
福岡の西南学院大学商学部教授。
最新刊の「流通マーケティングの革新」
昨2017年2月発刊。
「小売マーケティングとイノベーション」
こちらは2012年3月発刊。
渦原先生自身の発言だが、
毎年毎年、研究を重ねて、
論文を5本ずつくらい書いて、
それが溜まって5年に1冊、
単行本ができ上がる。
労作だ。
私と同じ領域の研究だが、
表現方法はまったく異なる。
勉強になる本だ。
それから突然だが、
訪問してくれたのが、
細畠美鶴さん。
マイカル出身のキャリアコンサルタント。
今回の商業界ゼミナールに参加して、
そのあと横浜の旧マイカルの店舗を視察。
それから商人舎を訪ねてくれた。
幕張の商業界ゼミの会場では、
私の単行本「Message」を購入してくれた。
私はその本にサインした。
朝に希望、
昼に努力、
夕に感謝。
今日、細畠さんと、
2時間も話し合った。
西端春枝先生の話。
マイカルの破綻のときの話、
レジの稼働モデルを開発した話。
互いに、ニチイとマイカルの、
昔の話を思い出して語り合った。
1963年(昭和38年)、(株)ニチイ誕生。
大阪・天神橋筋商店街の「セルフハトヤ」、
千林商店街の「赤のれん」(岡本商店)、
それに卸売業の大阪のエルピス、
京都のヤマト小林商店の4社合併。
社長は西端行雄さん。
一方、ジャスコの誕生は、
1968年(昭和43年)。
三重県の岡田屋と兵庫県のフタギ、
そこに大阪府のシロが参画。
1969年、ジャスコ(株)が設立された。
また、1971年には、
愛知県でほていやと西川屋チェンが合併、
(株)ユニー誕生。
ニチイはこの合併の先駆けだった。
そしてニチイは1974年、
大阪証券取引所第2部上場。
同年、ジャスコは東名阪3市場に同時上場。
ユニーは1976年、名古屋証券取引所上場。
私が(株)商業界に入社したのが、
1977年だった。
1982年(昭和57年)、
ニチイ初代社長・西端行雄氏逝去、
小林敏峯氏が社長就任。
その後、1984年、サティ1号店開店。
1988年、「マイカル宣言」。
1989年、マイカル本牧オープン。
しかしこの年、竹下登内閣によって、
消費税が税率3%でスタート。
その直後に、日本はバブル崩壊。
私はこの年、編集長になった。
1997年、橋本龍太郎内閣のとき、
消費税は3%から5%へ引き上げられた。
この間、マイカルは、
ショッピングセンターのマイカルと、
総合スーパーのサティ&ビブレで疾走。
極めつけは1999年のマイカル小樽。
しかしここで小林敏峯氏逝去。
2001年9月14日、民事再生法適用申請。
アメリカの9・11の3日後だった。
しかし11月には民事再生手続きを中止し、
会社更生法適用を申請。
イオン(株)がスポンサーとなった。
その後、2005年12月31日の大晦日、
当初計画より早く会社更生手続き終結。
2011年3月1日、
マイカルはイオンリテールへ吸収合併。
統合完了後、「サティ」ブランドは、
「イオン」のバナーに名称変更。
この10日後に、
東日本大震災勃発。
マイカルの歴史の節目に、
大きな事件が起こっている。
細畠美鶴さんの記憶と、
私の記憶をたどりながら、
マイカルの破綻の話をした。
それでも今、マイカルの人々は、
イオンの中で活躍している。
私はいつもの持論を思い出した。
「商人の本籍地と現住所」
本籍地がニチイなのか、
マイカルなのか。
そして現住所はイオンなのか、
コンサルタントなのか。
本籍地への思いは大事だ。
日経ビジネスオンライン。
「今日の名言」
過去の、特に痛い歴史を
次の世代に伝えることは、
過去を知る者の使命です。
〈清野 智 東日本旅客鉄道会長〉
清野さんは、JRの事故のことを言う。
もちろん旧国鉄の破綻も含まれる。
「安全に終わりはないということに加え、
もう一つ大切なこと、それは、
事故を語り継いでいくことです。
そうすることにより、
安全に対する思いも
伝えていけると考えています」
語り継ぐことは、
商人の本籍地という意味でも大切だ。
そこで思い出すのが、
「たった一人の朝礼」
2012年2月3日、
毎日更新宣言ブログに、
匿名のT.M.さんから投稿があった。
それにタイトルをつけて、
「たった一人の朝礼」
――小生は、
西端社長ご逝去の前年にあたる
1981年にニチイに入社し、
破綻した後も2004年まで
マイカルに務めておりました。
私事ながら、
マイカルを離職した現在でも
同社入社後から一日も欠かさず
続けていることがあります。
それは、同社の“朝のあいさつ”
“経営理念”“誓いの詞”を
毎朝唱和することです。
<朝のあいさつ>
お客様、おはようございます
お取引先の皆様、おはようございます
お父様、お母様、おはようございます
皆様、おはようございます
<経営理念>
一、企業の使命感に徹す良心的結合
一、革新的不断の進歩
一、大衆文化向上に寄与する良品廉価政策
<接客五大用語>
いらっしゃいませ
ありがとうございます
恐れ入ります
少々お待ちくださいませ
かしこまりました
<ニチイの誓い>
人の心の美しさを商いの道に活かし、
唯一筋にお客様の生活を守り、
お客様の生活を豊かにすることを
私たちの誇りと喜びとして
日々の生活に精進いたします。
合掌
ニチイの朝礼は、これを、
全員で唱和することから始まります。
遅番のときはたった一人ででも
「朝の挨拶、お客様おはようございます、
お取引先の皆様・・・・」と発声してから
売場に出ていくことになっていました。
同社を離れた身分でありながら、
出勤日も休日もこれらを心の中で唱え、
最後に手を合わせることから
私の一日が始まります。
たった一人の朝礼です。
入社当時は「お父様、お母様」と
言うのが気恥ずかしく、
合掌することも
「何とも宗教じみているなぁ」と
好きになれなかったのですが、
商人の心構えと行動規範、
小売企業の目指す姿を
端的に言い表している
素晴らしい詞の数々だと
心底思えるのです。
ニチイであるとないとを問わず、
どの企業にも当てはまる
詞だとも思うのですが
いいすぎでしょうか。
会社は消滅はしたものの、
ステークホルダーへの
感謝の気持ちや掲げた理念は
かってのニチイマン、
ニチイウーマンの心の中で
今でもきっと生きているはずだと
信じています。
このような理念を掲げた
創業者たちのもとで
二十余年間働いたことは
私にとっては誇りですし、
そこで得た事柄一つ一つが
宝物です――。
語り伝えることは、
過去を知る者の使命である。
本を書くことも、
過去を知る者の使命である。
私も今日、
それを改めて、
肝に銘じた。
西端春枝先生、
T.M.さん、細畠美鶴さん、
ありがとうございました。
〈結城義晴〉