朝日新聞「折々のことば」
今日は第1281回。
思慮の浅い者たちは
あかりは持っていたが
油を用意していなかった
(マタイによる福音書〈新約聖書〉)
編著者鷲田清一さん。
「先の見えない、
塞いだ時代だと人は言う」
「けれども視界が遮られているのは、
未来が不確定だからではなく、
目を凝らせばある未来が
確実に来ることがわかるのに、
すべて先送りにし、その対策に
本気で着手できないでいるから」
先送りする。
本気の着手がない。
その通り。
ピーター・ドラッカーは言う。
「理想を求め、
手持ちのリソースで、
ケースバイケースで、
一歩一歩」
例えば人口減少、
国家財政の破綻、
経済成長の限界、
放射性廃棄物処理の膠着。
「聖書のこの一節は
私たちのそんな無様(ぶざま)も
思い起こさせる」
さて京都新聞巻頭言「凡語」
4大新聞や地方紙など目を通しているが、
最近引用することが多い。
「”どっちかの夜は昼間”
という歌詞が耳に残る」
今年大ヒットしたDA PUMPの「U.S.A.」
「C’mon, baby アメリカ
サクセスの味方 organizer
C’mon, baby アメリカ
Newwave寄せる Westcoast
C’mon, baby アメリカ
どっちかの夜は昼間… 」
歌詞は、よく、わからん。
「どっちかの夜は昼間」はわかるが。
凡語のコラムニスト。
米国中間選挙を論じる。
「投票率も跳ね上がった。
結果を抜きにしても、
かの国の民主主義が
活性化したのは間違いない。
誰のせいか」
上院は共和党、下院は民主党。
結果、ねじれ状態となった。
映画監督のマイケル・ムーア。
「トランプのおかげで
目を覚ますことができた」
選挙直前に、
新作「華氏119」を公開。
「映画は米国の現状を憂えるが、
単純なトランプ批判だけではない」
「オバマ前大統領をはじめ
民主党やメディアの体たらくにも
容赦ない」
「トランプ氏が
分断を招いたのではなく、
分断が彼を大統領にした―」
コラム、いいことを言う。
DA PUMPは「ダサかっこいい」のが人気。
「単純に米国賛歌が
受けているわけではない」
私もそれがいいと思う。
小売サービス業も、
単純に米国礼賛をする時代ではない。
「トランプ時代はまだ続く。
日本も目を覚まされることが
まだまだありそうだ」
今、72歳だから、
そう長くはないだろうけれど。
それにしても、
トランプの話しぶりは、
個人的に、好かん。
米国の支持者たちには、
その言動が痛快なのだろうが。
10月23日付けの、
Financial Times。
日経新聞では25日。
ギデオン・ラックマンが選挙前に書いた。
チーフ・コメンテーター。
タイトルは、
「歴史に名残す? トランプ」
「トランプ米大統領が9月に
国連総会で演説した際、
その内容に対して
聴衆から失笑が漏れた。
過去に米大統領が、
こんな侮辱的な扱いを
受けたことはない」
「しかし、筆者は不本意ながら、
最後に笑うのはトランプ氏かもしれない
と思っている――」
「歴史的人物は、善人とは限らないし、
特に頭脳明晰というわけでさえない」
「トランプ氏は常習的な嘘つきだし、
トランプ政権は、
移民の子供たちを親から引き離して
収容する施設を設けるような政権だ」
ここでドイツの哲学者ヘーゲルを引く。
「ヘーゲルが生きていた時代の
典型的な世界史的人物はナポレオンだ。
ヘーゲルはナポレオンのことを、
“馬に乗った世界精神”と表現した」
フランスのマクロン大統領による、
そのヘーゲル評。
「ヘーゲルは”偉人”を、
その人物よりもずっと偉大な何かを
実現する道具にすぎないとみていた……」
ナポレオンはそうだった。
「ヘーゲルは、ある人物がしばらくの間、
時代精神(世界精神)を
体現することはできるものの、
当人がその時必ずしもそれを
明確に自覚しているわけではない、
と考えていた」
ドナルド・トランプも。
「本能的に、ヘーゲルが指摘したような
自分でさえよく理解していない
その時代の流れや力を体現し、
それらを自分に有利に使える
直観的な政治家なのかもしれない」
「対照的にマクロン氏は今のところ、
教養はあるが、滅びつつある今の秩序を
体現する存在のように見える」
面白い見方だ。
その「時代の流れや力」とは?
「歴代の米大統領は、
米国の力が弱体化しつつあることを
否定するか、ひそかに対処しようとするか
のどちらかだった」
トランプは、
「米国の凋落を認め、
その流れを逆転させようとしている」
「特に、グローバル化は実はひどい考え方で
それが米国の力を相対的に低下させ、
国民の生活水準を押し下げてきたと断じた」
これに一部から、
拍手喝さいが起こった。
さらに「中国が豊かになり、
力を蓄えることはすなわち、
米国にとって良くないことだと判断した。
その結果、中国の台頭を止めようとした、
最初の米大統領となった」
「これが良いことかどうかはともかく、
中国を米主導の国際秩序に
組み込む方向で努力するという
40年以上続けてきた
米国の外交政策をひっくり返した」
これは間違いなく、
歴史的な展開である。
一方、内政面では、
「米国のエリート層と一般大衆の意見の間に
大きな隔たりがあることに
最初に目を向けた大統領だった」
トランプは、「この分断を、
最初は大統領候補として、
その後は大統領として
徹底的かつ効果的に活用した」
だから京都新聞の凡語が言うように、
「分断が彼を大統領にした」
「高齢にもかかわらず
ニューメディアを”理解”し、
ほかの政治家には及びもつかないほど
見事に使いこなした――」
Twitterというおもちゃだけだが。
「しかし、こんな過激な手法で
トランプ氏は将来、
成功の栄誉にあずかれるだろうか」
「否」とラックマン記者。
「米国が貿易戦争の反動に
見舞われるかもしれないし、
米経済が過熱して、
株価が暴落する可能性もある」
もし世界が再び金融危機に陥ったら――。
「トランプ氏率いる米国が
国際協調による対応を
主導することは難しいだろう」
「最悪の場合、中国やロシア、
あるいは朝鮮半島において
戦争という事態にもなりかねない」
これこそ、避けるべきことだ。
「トランプ氏自身は、
偉大さとは”勝利すること”と
考えているかもしれないが、
ヘーゲルは、世界史的人物はたいてい
暗い末路をたどると指摘している」
アレキサンダー大王のように
「若死に」したり、
シーザーのように「殺され」たり、
ナポレオンのように
「セントヘレナ島に流され」たりする。
そしてジョンFケネディも。
もし歴史的人物になれなければ、
暗い末路にはならないのだろうか。
いずれにしても私たちは、
2000年以上前から警告されている。
「あかりは持てど、
油は用意せず」
これでは、いけない。
そしてドナルド・トランプに、
油の用意はないと思う。
〈結城義晴〉