ショーケンが死んだ。
萩原健一さん。
本当に平成が終わるギリギリの、
3月26日午前10時30分。
昭和のスターが逝った。
68歳。
私よりも2歳上だが、
まだまだ若い。
昭和49年(1974年)の「傷だらけの天使」。
水谷豊とのコンビ。
昭和50年(75年)は「前略おふくろ様」。
こちらは桃井かおりとのコンビ。
よかったなあ。
私はまだ学生だった。
昭和42年、
グループサウンズ全盛のころ。
ザ・テンプターズでデビュー。
ブルー・コメッツ。
スパイダース。
タイガース。
そしてテンプターズ。
ボーカルのショーケンだけが、
抜きんでて目立っていた。
そして昭和47年(72年)。
俳優となって、
石原プロのドラマ「太陽にほえろ!」。
新人刑事のマカロニ役。
長髪の型破りの刑事。
毎週のドラマが進んで、
主人公がチンピラに刺されて、
嘘のようにあっけなく死んでしまう。
信じられないような展開。
ショーケン本人のアイデアだったらしい。
何になりたかったのかはわからない。
しかしショーケンは、
沢田研二のジュリーよりも、
あの時代そのものを体現していた。
ご冥福を祈りたい。
さて今日も朝から取材へ。
川崎市麻生区上麻生。
イオンスタイル上麻生。
今日がグランドオープン。
小田急線新百合丘駅から徒歩15分。
昨年5月13日に、
「ミアクチーナ上麻生店」が撤退。
生活協同組合ユーコープの店だった。
そのあとへ入居したスーパーマーケット。
商人舎流通スーパーニュースの3月14日。
イオンリテールnews|
「ここdeデリ」核の小型イオンスタイル上麻生3/29出店
イオンリテール㈱の、
南関東カンパニーの店だ。
朝9時20分から2階のスペースで、
記者会見。
横浜川崎事業部長の間渕和人さんと、
店長の堀川悌志さんが、
記者団に囲まれて質疑応答。
直営売場面積は1228㎡(372坪)、
駐車台数53台、駐輪台数50台。
もしかしたら駐輪台数を、
増やしたほうがいいかもしれない。
近隣には昨年4月に改装オープンした、
イオンスタイル新百合ヶ丘があって、
こちらは広域商圏店舗。
上麻生は地域の冷蔵庫代わりの小商圏型。
イオンリテールが珍しく展開する、
小型スーパーマーケットだが、
全体にイオンのノウハウと独自商品が、
結集されている。
詳細はこの店も、
月刊商人舎4月号で分析する。
乞う! ご期待。
朝から期待を込めて、
近隣の顧客が来店してくれる。
イオンのいつものやり方だが、
小型スーパーマーケットでも、
2日前にソフトオープンし、
今日がグランドオープン。
スーパーマーケットに、
調剤を持つ「イオン薬局」が併設されて、
この面ではイオンの強みを生かす。
そしてレジの前に、
「ここdeデリ」の70席。
ガブリングステーキと、
生パスタのペルグラーノがあって、
ここdeデリのテーブルで、
出来立てを食べさせてくれる。
これも従来の生協にはなかった機能だ。
間渕さんが店内を巡って、
新しい試みをくまなく説明してくれた。
間渕さんは一昨年の7月に、
私のコーディネートで、
ダラスとニューヨークを訪れた。
それから堀川店長が丁寧に、
この店のコンセプトを説明してくれた。
堀川さんは2013年に米国研修に参加して、
ダラスとサンフランシスコで学んだ。
左から間渕さん、堀川さん。
そして広報部長となった吉田和弘さん。
南関東カンパニーの本部から、
多数の応援者が来てくれた。
大森修さんは、
商品統括部コーディネーター部部長。
大森さんもアメリカ研修に参加した。
イオンではもう、
ずいぶんたくさんの人たちと、
アメリカ研修をした。
それが徐々に店頭に現れてきている。
私にとってはとてもうれしいことだ。
この居ぬきの店は、
以前のユーコープの売場を、
圧倒的に凌駕することによって、
地域の顧客から熱い支援を、
勝ち取ることができる。
「圧倒的な差異」が必須だ。
多分、それは可能だろう。
頑張ってほしいところだ。
最後に今日も「折々のことば」
第1417回。
私たちが
音楽的だと
考えていることが、
ほんとうは
人間の不幸の
始まりかもしれない。
(小泉文夫『音楽の根源にあるもの』より)
小泉は56歳で没した民族音楽学者。
ユニークで鋭い切り口を持っている。
「歌唱の形式は、
社会生活の形態と連動している」と分析。
「小規模な狩猟採集民は
声を揃えて歌うことが少なく、
他民族との抗争や巨大な獲物を狙うなど
結束した行動が必要な民は、
日頃から歌や踊りで
拍子を合わせる練習をしている」
「権威や規則で生活が
“がんじがらめ”の社会ではじめて
“複雑”で”個性的”な音楽が誕生する」
がんじがらめのなかで、
個性的な生き方をした。
その意味でショーケンはやはり、
ミュージシャンだったのだ。
店にも、この意味での「音楽」が欲しい。
合掌。
〈結城義晴〉