結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2019年08月03日(土曜日)

かんぽ生命の「あこぎな商売」と日下静夫の「正札販売」

月刊商人舎8月号の最終責了。IMG_95149

土曜日だというのに、
朝からずっと、
最後の原稿書きと、
校正の責了業務に渾を詰めて、
「クライマーズ・ハイ」ならぬ、
「ライターズ・ハイ」、
「エディターズ・ハイ」。
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おもしろい雑誌ができました。
ご期待ください。

朝日新聞のコラム「天声人語」

あこぎな商売をめぐるジョーク。
ジョークだからアメリカの話だが、
商売に関係する人間として、
捨て置けない話だ。

「眼鏡店の経営者が、
新入りの店員を教える」

「眼鏡を合わせ終わったら、
客が値段を聞くから、
“10ドル”と言うんだ」

「そして客の反応に注意してるんだ」

「もし客がぴくりともしなかったら、
“……がフレーム代です。
レンズはもう10ドル”
と続けて言え」

「それでもまだ
客が平然としていたなら、
“1枚につき10ドル”
と言うのだ」

植松黎編・訳『ポケット・ジョーク13』
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コラムニスト。
「客をよく見て、取れるだけ取る」

コラムの視線は、
かんぽ生命に向かう。
かんぽ

「ゆるキャラ」
「半ぼけ」
「甘い客」

「一部の郵便局員が客に
そんな呼び名をつけていた」

「契約を取りやすい
一人暮らしの高齢者のこと」
ひどい言い回しだ。

一人の90代女性が、
10年間で54件の保険を契約し、
すべて解約するケースもあった。
関わった局員は27人に上る。

ほとんど詐欺グループだ。

「ノルマの達成手段としてだけ、
客を見ていたか」

日本郵政――。
日本で三番目の売上げ規模の会社だ。

全契約者2000万人。
総人口の15%。

「巨体ゆえに監視の目が届かなかったか。
巨体の隅々まで意識改革はできるのか」

しかし企業規模が巨大だから、
こんな事件が起こったのではない。

全ての商人の心の中に、
それは巣食っている。

戦後、正札販売運動を起こした人がいた。
故日下静夫さん。
岡山県津山市元魚町商店街、
丸一履物本店店主。
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昭和30年代の初め、
1分間に何足もの下駄を商う、
日本一の履物商といわれた。

「畳がある以上、下駄屋に繁盛がある」
これが日下さんの信念だった。

しかし当時から、
下駄ほど値切られる商品はなかった。
下駄を買うとき、顧客は、
店主や職人と向かい合って、
鼻緒をすげてもらう。

この15分ほどの、相対する時間に、
顧客から「負けてくれ」と言われる。
値切られる。

日本中、下駄は、
値切られる商品の典型だった。

だから下駄はあらかじめ、
値切り分を上乗せして値段がつけられた。

昭和24年、日下さんは、
値段を負けて売ることの不合理に、
強い疑問を持った。

値切り上手といわれる、
自分勝手な顧客が、
安く買う。

人柄の良い遠慮深い顧客が、
高く買う。

これに我慢できなくなった。
そしてそれをやめようと思った。

しかし、ここで問題が出てくる。
叔父、叔母、親戚、税務署の役人、
小学校の先生などが来店したときに、
負けないですむかという問題。

当時の商人は、
こういった近親者には
みな値段を負けていた。

そこで、日下さんは一計を案じる。
親戚一統に自分の家に集まってもらい、
羽織袴で「正札販売」の挨拶をする。

拙著『お客様のためにいちばん大切なこと』から。
有名な「日下静夫の口上」
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実は倉本長治の著作からの引用。
『店は繁盛のためにある』
だからここでは孫引き。

「――ご親戚の皆様が、手前共で
下駄をお買いくださるとき、
これまで、適当に
お値段をお引き致してきました。
皆様、大変お喜びくださいましたことと
存じておりますが、
実はそれでも尚、
多少の儲けは御座いましたものです。

そこで考えますに、
叔父様、叔母様でさえ
喜んでくださったのですから、
今回、町内の衆や、
お知り合いすべての人にも、
お値段をおまけして
下駄を売る覚悟を致しました。

サゾ皆様、
お喜びくださることと思います。

しかし、どの程度のお知り合いまで
値段を負けるか、
というケジメがハッキリ致しませんため、
思い切って、全商品の値札を、
叔父様叔母様に
お売りするときの値段に下げてしまい、
以後誰がお買いに見えても
そのお値段で売るという
便法を執らせて頂くこととなりました。

故に、これからは、
叔父様も、手前の店では
定価でお求め願います。
それはこれまで、おまけしてきた値段と
同じ値でありまして、
叔父様はじめ皆々様には
少しも不都合のない値段でありますから、
従来通りご安心してお買い求め願います。

ただ一般のお客様は、ウンと得をして、
従来のように一々値切る必要がなくなり、
これまでなら値切っても、
トテモそこまでは引けなかった値段で
モノが買えるのであります。

どうぞ、丸一、
一生のお願いでありますから、
この点ご了承を!」

親戚一統、あっけに取られた。

そんなばかげたことがあるか、
丸一は潰れる。
散々に罵られた。

しかし日下さん、頑として動じず、
商品の値下げと正札販売を励行した。

その年、1月に正札販売を始めて、
客数はどんどん下がっていった。

しかし10ヵ月後、
やっと売り上げが元に戻った。
赤飯を炊いて、祝った。

やがて、1年、2年、
津山市内に40数軒あった下駄屋が、
少しずつ減っていって、
昭和30年には、
10数軒になってしまった。

結城義晴。
「”正札販売”の勝利でありました――」

この物語には続きがある。
丸一履物本店の日下静夫さんが、
「正札販売」を始めてから3年目。

ある医師の家に、
嫁入りのお目出度があった。

ふたたび、孫引き。

「嫁入りの祝いであったから
招かれるままに彼も、
商売物の革草履を一足
祝いに持って出かけた。

田舎の習慣として、
お祝い品が部屋の一室に飾ってあり、
招かれた客は、一応
その壮観さを見て誉めなくてはいけない。

ところが、日下さんは、
そのお祝い品の飾り付けを見て、
思わず涙が滲み出し、
どうしようもなかった」

――それは、三十何函の履物の祝い品が
ズラリと並んでいた、
その一つ一つがことごとく
丸一の進物函に容れられた
自分の店の品ばかりで、
他店の履物は一足も
贈られていなかったためだった」

結城義晴は再び語る。
「”正札販売”の勝利の物語であります」

私はアメリカのジョークよりも、
日下静夫の物語のほうが好きだ。

会社が巨大になったから、
戦後の闇市のような商売が、
まかり通るのではない。

一人ひとりの商人の心の持ち方が、
あこぎな商売を退けるのだ。

これは言っておかねばならない。
そして月刊商人舎も、
この精神で執筆し、編集し、
責了をする。

〈結城義晴〉

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