13日の金曜日。
英語圏とドイツ、フランスなどで、
不吉な日とされる。
最低でも1年に1回はやってくる。
私など「キリストの磔刑」の日と覚えた。
しかしこれは俗説で正しくないらしい。
それよりも13という数字が、
欧米で「忌(い)み数(かず)」だという。
日本では「4」の「死」や、
「49」の「死」「苦」が忌み数だ。
そんな13日の金曜日。
静かにしていよう。
一方、
今年の漢字は「令」。
「令和元年」の「令」。
昨年は「災」で、
一昨年は「北」。
その前の2016年は「金」。
年末恒例となっているが、
どれもあまり面白くはないし、
意外性と納得性が薄い。
こじつけも多い。
こんなことを書くなんて、
ちょっと年を取ってきたか。
さて今日、届いたのは、
「明治マーケティングレビュー」
私の連載タイトルは、
「小売業のスーパーマーケティング」
「食品小売業のマーケティングを
超級の現場感で展開したい。
それが”スーパーマーケティング”です」
㈱明治が発刊する季刊誌で、
私の執筆はもう46回目になる。
つまり11年半の長期連載。
ありがたいことです。
今回のテーマは、
「データをドライブする
マーケティング」
手に入る方は読んでみてください。
夕方、商人舎オフィスにお客様。
竹垣吉彦さん。
現在は㈱イオンファンタジー常勤監査役、
兼イオンエンターテインメント㈱監査役。
5月までは、
イオン北海道㈱の取締役常務執行役。
管理本部長や営業本部長を歴任。
北海道のこの業界で、
竹垣さんを知らぬ人はいない。
その前は、長崎屋、
その前は、ダイエー。
それも節目節目に、
それぞれの会社のキーマンとなって、
結果として貴重なキャリアを磨いてきた。
私も結構、長い知り合いとなるが、
最近はごく近いFacebook友達。
今日はわざわざ横浜まで来ていただいて、
商人舎オフィスで1時間ほど話し込んだ。
それから商人舎御用達の「魚盛」で、
また2時間半ほど懇談した。
この30年くらいの様々な出来事が、
次々に遡上に載せられ、
私もそれを堪能した。
タイトルすれば、
「流通業界の過去・現在・未来」
ダイエーでは中内功さんのこと、
長崎屋では岩田文明さんのこと、
ドン・キホーテの大原孝治さんのこと、
そして北海道の流通人のこと、
イオンの人々のこと。
私自身も最近は、
こんなに濃密に話し合える相手は少ない。
私が特に思い出したのは、
21世紀に入る前後の、
ダイエーの話。
1999年にダイエーは、
中内㓛さんが会長に就任し、
味の素㈱社長だった鳥羽董(ただす)さんが、
副社長から社長に昇格した。
そしてダイエー再建3カ年計画を策定した。
私はこのとき㈱商業界で、
取締役編集担当兼販売革新編集長だった。
鳥羽さんのインタビューをして、
雑誌に載せた。
残念ながらこの再生計画は挫折した。
そして鳥羽さんは辞任し、
中内さんも2001年、
すべての職を辞してダイエーを去った。
ダイエーは2000年11月に、
起死回生の「修正再生3カ年計画」を出した。
名づけて、
「フェニックスプラン」
竹垣さんはこのころ、
中間管理職ながら、
それを財務面から支えた。
実に現在までを見通した、
秀逸のプランだった。
このプランを実行するために、
高木邦夫さんが、
リクルートから戻って社長に就任し、
ニコニコ堂社長の平山敞さんも、
ダイエーに戻って副社長になった。
私はこの時も、
高木さんと平山さんにインタビューして、
このプランを応援した。
私もダイエーを再生させたかった。
しかしこの起死回生策も成就せず、
高木さん、平山さんもダイエーを去った。
もしも、フェニックスプランが、
成果をあげていたら、
現在の業界地図は変わっていた。
いろいろな人の話題に花が咲いたが、
いわゆる「悪口」は出ないし、
互いに下品にはならない。
その意味でも竹垣さんが、
小売りサービス業を愛していることが、
本当によくわかった。
13日の金曜日だが、
実にいい日だった。
ありがとうございました。
最後に拙著『Message』から、
私の好きな人
笑顔の人。
はっきりとした人。
晴れやかな人。
機敏な人。
元気な人。
清潔な人。
素直な人。
明るい人。
意欲ある人。
勇気ある人。
正義の人。
まっ正直な人。
優しい人。
耐える人。
辛抱強い人。
太っていても、やせていても。
大きくても、小さくても。
若くても、老いていても。
男でも、女でも。
日本人でも、外国人でも。
豊かでも、貧しくても。
心の力を持つ人。
頭の力のある人。
言葉の力を有する人。
私の好きな人。
ほんものの商人。
素晴らしい人間。
〈結城義晴〉