残念ながら続けて訃報です。
谷新さん。
「たに・あらた」と読む。
美術評論家。
前宇都宮美術館長。
私にとっては友人で、
本名の小口牧通(おぐちまきみち)さん。
先週火曜日の6月2日、
直腸がんで逝去。
73歳。
朝日新聞や日本経済新聞に訃報が載った。
私はそれで知った。
1947年、長野県岡谷市生まれ。
千葉大学卒業。
流通専門紙を経て、
㈱商業界入社。
広告部から「販売革新」編集部へ。
私はこの商業界で同僚だった。
その後、退社して、
美術評論家の道へ。
1972年、25歳の時に、
美術雑誌『みづゑ』が800号記念で、
芸術評論募集を企画した。
小口さんはここで一席を獲得した。
『みづゑ』は明治38年(1905年)創刊。
水彩画家の大下藤次郎が主宰。
日本を代表する月刊美術専門誌で、
ほぼ1世紀にわたって刊行されてきた。
この雑誌は、近代日本の美術界に、
多大な影響を与えた。
小口さんは大学を卒業すると間もなく、
この権威ある雑誌の論文募集に応じて、
大賞に値する一席を取った。
その後、流通ジャーナリストと、
現代美術評論家の二足の草鞋。
私は駆け出しの編集記者のころ、
「販売革新」誌の執筆者の一人として、
小口牧通さんを知った。
スーパーマーケットの記事が多かったが、
依頼すると、すぐに書き上げて、
送ってくれた。
その後、スカウトされて、
㈱商業界の広告部に入社して、
私は同僚となった。
一緒に酒も飲んだし、議論もした。
最初のゴルフ仲間だった。
商業界野球に入ってもらって、
出版健康保険大会に参加した。
ともに組合運動もやった。
私は商業界という会社にのめり込んだが、
小口さんは一歩引いた感じで、
チェーンストアや小売業を見ていたし、
会社に対してもクールだった。
美術評論と言う天職をもっていたからだ。
それでも私は小口さんと気が合った。
互いに信頼し合っていた。
私が「販売革新」誌から、
「食品商業」誌に異動した入れ替わりに、
小口さんは広告部から、
「販売革新」編集部に来た。
当時の販売革新は、
故人となった高橋栄松編集長のもとで、
「関西スーパースタディ」を製作中だった。
今でも覚えているが、
私は小口さんに途中から、
こまかく引継ぎしてその仕事を譲り、
異動した。
もちろん発刊までは大きくかかわった。
その後、私は1989年、
食品商業編集長に就任したが、
小口さんは美術評論家の道を志して、
独立した。
『美術手帖』では常連執筆者。
商業界という会社は、
インキュベーションの機能を持っていた。
人材孵化器の役割である。
創業者の倉本長治主幹が、
そういった人材を育てようとしていたからだ。
故外益三さん、故今西武さん、
故緒方知行さん、故高橋栄松さん、
結城義晴もその一人だ。
皆、流通の世界で仕事をしたが、
唯一といっていい例外が、
谷新こと小口牧通さんだった。
谷新となった小口さんは、
1992年10月、大作の評論集を出版する。
「回転する表象」
現代美術/脱ポストモダンの視角
デビューの『みづゑ』の評論から、
1992年の評論記事まで、
350ページにわたる分厚い単行本だ。
現代美術はなぜ動き、どう展開したか?
〈もの派〉以降、ポスト・ミニマリズム、
ニューウェーヴ、ポスト・ニューウェーヴ、
そして1990年代までの表現状況を、
インサイダーの目で追った。
実に深い考察が入った高尚な単行本で、
この本は美術界における谷新の評価を高めた。
1982年、84年のヴェネチア・ビエンナーレでは、
日本館のコミッショナーとなって、
企画を手がけた。
ビエンナーレとは「2年に1度」という意味で、
毎偶数年に開催される国際美術展覧会のこと。
イタリアのヴェネツィアでは、
1895年から現代美術展が開催されている。
この展覧会は、万国博覧会のように、
国が出展単位となっている。
参加各国はヴェネツィア市内の会場に、
自分のパビリオンを構えて、
国家代表アーティストの展示を行う。
国同士が威信をかけて展示を競い、
賞レースをする。
「美術のオリンピック」とも称される。
谷新は意欲的に、
その日本館の企画を担当した。
そのほかにも多くの展覧会に携わった。
1997年から2017年まで、
栃木県の宇都宮美術館館長となって、
ここでもユニークな美術館運営をした。
宇都宮美術館は3つのテーマをもつ。
「地域と美術」「生活と美術」「環境と美術」。
近現代美術をはじめ、
ポスター、デザイン家具などを中心に、
国内外の作品を収蔵する。
宇都宮市にゆかりの美術作品も収集公開。
建物は宇都宮市郊外にあって、
「うつのみや文化の森公園」内にある。
広さは26ヘクタール。
岡田新一設計事務所のデザインで、
付近の自然の景観に配慮した低層構成。
小口さんはこの自然に囲まれた美術館で、
大好きなアートの世界に思いを巡らせ、
きっと幸せな人生を送ったに違いない。
でも、スーパーマーケットをはじめ、
チェーンストアの店舗を訪れると、
つぶさに観察して、
その評価もしたのだろう。
心からご冥福を祈りたい。
合掌。
〈結城義晴〉