この商品はとてもいい。
だから商人として、
お薦めしたくなる。
半面、
この商品を売りたい。
だからこの商品はいいと、
お薦めする。
同じ商人でも、
両者は全く異なる。
紙一重のことも、
まことに多いのだが。
フィリップ・コトラー先生。
5月27日に91歳になった。
ちなみにドラッカー先生は、
95歳でなくなった。
そのコトラーのMarketing4.0。
日本語版は、
『コトラーのマーケティング4.0』
サブタイトルは、
「スマートフォン時代の究極法則」
あまりいい翻訳ではない。
2017年8月、朝日新聞出版刊。
原著のサブタイトルは、
“Moving from Traditional to Digital”、
つまり「TraditionalからDigitalへの移行」。
トラディショナルなマーケティングから
デジタルマーケティングへ、
世の中は動いていく。
この確信に満ちた知見と強い意志が、
サブタイトルに込められている。
日本語版のサブタイトル。
「スマートフォン時代の究極法則」は、
本を「売りたい」意図が前面に出ていて、
意訳が過ぎると思う。
昨年の月刊商人舎10月号では、
コトラーマーケティングの段階を整理し、
上記のようなことを書いた。
特集は、
Big Data ✕ Marketing4.0
コトラー自身、
「マーケティング4.0」を、
こう結論づけている。
「デジタルマーケティングと
伝統的マーケティングは、
顧客の推奨を勝ち取ることを
最終目標として
共存しなければならない」
コトラーは英語では、
“Advocate”を使う。
「推奨する」。
顧客は最後には、
商品やサービス、ブランドや店舗を、
「お奨めする人」となってくれる。
そのためには、
商人そのものが自分の顧客に対して、
自分が信じた商品”だけ”を、
お薦めする人でなければならない。
米国のトレーダー・ジョーが、
この哲学を貫く。
だからすべて、
プライベートラベルにしている。
川崎進一先生はよく言った。
「消費者代位機能」。
“Advocate”には、
「弁護する」という意味もあるが、
たとえば弁護士。
犯罪者であるとわかっていても、
雇用されたら弁護する。
これは「弁護人依頼権」による。
日本国憲法第37条に規定される。
しかし依頼人が、
嘘をついているとわかったら、
その嘘を正当化する弁護をするのか。
あるいは弁護人が、
被告に嘘をつくよう勧めることは、
許されるのか。
「悪徳弁護士」などと言われるが、
それは許されない。
マスメディアの広告などにも、
「倫理規定」が設けられていて、
嘘の広告は掲載しない。
誇張的な広告も、
メディアの倫理観として、
退けることもある。
マーケティング4.0で、
“Advocate”を提唱していながら、
その本のサブタイトルが、
「売らんかな」の意訳となってしまった。
皮肉な話だ。
しかしマーケター、
コンサルタントなども、
さらに学者でさえも、
金をもらって、
あるいは金になるからと、
悪徳弁護士のようになる場合がある。
私は断じて、それをしない。
この10月号の[Message]
ビッグデータマーケティングしよう!
Marketをingする。
市場を現在進行形で、
揺さぶる、動かす。
それがMarketingだ。
マーケットをリサーチし、
マーケットをセグメントし、
ターゲティングし、
ポジショニングする。
製品のプロダクト、
価格のプライス、
流通のプレース、
販売促進のプロモーション。
カスタマーソリューション、
カスタマーコスト、
コンビニエンス、
コミュニケーション。
4つのP、
4つのC。
それぞれ相対的に呼応する。
それがマーケティングミックスされる。
生産・製品主導のマーケティング1.0、
顧客中心のマーケティング2.0、
人間と価値中心のマーケティング3.0。
そしてデジタル世界のマーケティング4.0。
売り手良し、
買い手良し、
世間良し。
三方良し。
モノやサービスがひとつ売れる。
ひとりのお客に売れる。
その一行の記録がデータである。
一行が無限に近づいてビッグデータとなる。
そして膨大になればなるほど、
ビッグデータはまた、
新しいマーケティングと結びつく。
新しい顧客満足と新しい顧客創造を繰り返す。
ビッグデータマーケティングは、
もっとも大事な非顧客を明らかにする。
外の情報を組織内に教えてくれる。
そして翻ってひとりのお客を喜ばせる。
ビッグデータのマーケティングは、
ひとりのお客を裸にするものではない。
ひとりのお客に、
ひとりの自分を見つけ出させ、
ひとりのお客を「お薦めする人」に
変えていくのである。
〈結城義晴〉