急に思い立って、
サミットストア東中野店へ。
横浜の我が家から、
車で高速横羽線に乗って、
山手トンネルを使う。
ちょっと渋滞もあったが、
1時間足らずで到着。
夜中や早朝ならば、
30分かからない。
副店長の大橋香介さんが、
店とバックヤードを案内してくれた。
従業員休憩室まで見せてくれた。
広報室/社長秘書の植川肇さんも、
本部からやって来て、説明してくれた。
お二人に感謝したい。
すぐに、横浜商人舎オフィスに戻って、
原稿書きに勤しむ。
月刊商人舎のCoverMessageと
Message of Julyを書いた。
楽しみにしてください。
今月も、いいですよ。
アベマTVでは一日中、
将棋王位戦の中継をやっていた。
第61期王位戦七番勝負の第一局。
藤井聡太七段が、
木村一基王位に挑戦している。
互いに持ち時間8時間。
2日間にわたって格闘する。
その2日目。
プロ将棋には八大タイトル戦がある。
そのうち2日制は4つ。
名人戦、竜王戦、王将戦、
そして王位戦。
1日制は、王座戦、棋王戦、叡王戦、
そして棋聖戦。
藤井聡太はいま、
棋聖戦で渡辺明三冠と、
王位戦で木村一基九段と闘っている。
そして渡辺に2連勝。
木村とは初戦。
タイトル戦には和装で臨む。
昨日からモノトーンの書生のような姿。
これがよく似合う。
第1日目からどんどん手は進んで、
2日目の封じ手を開くと、
あっという間に終盤戦へ。
後手の木村が「1四王」と逃げたのに対して、
藤井は(1三と」とと金を捨てて迫る。
このあと4手で木村、投了。
圧倒的に攻め続けて、
そのまま勝ち切ったが、
別名「千駄ヶ谷の受け師」の木村王位に、
藤井は不気味な強さを感じたに違いない。
私はそう思った。
対局後は場所を移して、
記者会見。
記者の質問は、
勝負にこだわるような、
一手の損得に及んだ。
藤井は答えた。
「いつもその局面で、
最善の手を考えています」
天才藤井聡太は、
つねに最善だけを求める。
17歳にして、
求道者の心境。
それをさりげなく、言葉にする。
この大きな勝負でも、
最善を求め続け、
最短の詰みを追求して、
木村のかけた罠にはまりそうになった。
しかしここでも、
ギリギリのところで最善を求めて、
その罠をも回避した。
最善であろうとすると、
困難な状況も生まれてしまうし、
最善であろうとすれば、
その艱難からも逃れることができる。
いつも最善を求める。
凄いことです。
日経新聞「グローバルオピニオン」
ロバート・エクルズ教授。
Robert G. Eccles。
イギリスのオックスフォード大学教授。
「社会的責任/市場で重要に」
アメリカの経営者団体に、
ビジネス・ラウンドテーブル(BR)がある。
この団体が、昨年、
株主第一主義からの転換を宣言した。
ビジネス・ラウンドテーブルは、
「パーパス」(企業の目的)を再定義し、
株主だけでなく顧客や地域社会など
すべてのステークホルダーを
重視する声明を出した。
もうすぐ1年が経過する。
しかしこれまでのところ、
踏み込んだパーパスを公表している企業は
ほとんど見当たらない。
エクルズ教授は残念がる。
その中で数少ないが最新の事例がある。
フィリップ・モリス・インターナショナルだ。
フィリップ・モリスの経営報告は、
先ごろ金融当局にファイリングされ、
全ての取締役が署名することで、
会社としての強い姿勢を示している。
フィリップ・モリスは、
「煙のない社会」の実現を、
会社の目標に掲げ、その手段として、
葉タバコを燃やす製品から、
加熱式たばこへの移行を進めてきた。
凄いことだ。
「最新のパーパスでは
変化の加速を強調するとともに、
規制当局と協力する姿勢も
改めて鮮明にしている」
ビジネス・ラウンドテーブルは、
短期主義の見直しを提案した。
四半期ごとの業績で株主を喜ばせるのが、
短期主義である。
さらにそれは、
「株主資本主義」の修正を標榜する。
「シェアホルダー・キャピタリズム」という。
株主利益だけを考えていれば
良しとする考え方だ。
エクルズ教授。
「資本主義のあり方を見直す必要性は、
新型コロナウイルスの災厄が
収まった後の経済を考えるにあたって、
ますます重要になっている」
「企業は
世の中をどう変えたいかを明確にし、
そのためにビジネスで
何を成すべきかを説明する。
こうした過程を通じて
市場の短期主義は是正される」。
たばこ会社のフィリップ・モリスが、
「煙のない社会」を目指す。
これこそ「最善の追求」である。
最後に朝日新聞「折々の言葉」
第1863回。
最も強いものに従うのは
必然のことである。
(ブレーズ・パスカル『パンセ』から)
「すさまじい権力や暴力をふるう者に、
人は最終的に屈服せざるをえない。
それは必然のこと、つまり、
そうでしかありえないことだ」
パスカルは17世紀フランスの思想家。
私のブログにもよく登場してもらう。
編著者の鷲田清一さん。
「ではこの言葉を反転させたらどうなるか」
最も弱い者に従うことこそ
自由だ。
「弱い者に従うのは、
人が何に強いられることなく
選びとった結果なのである」
強い棋士の手は、
最強の「必然」を求め続ける。
しかし藤井聡太の「最善の手」は、
必然と自由とを行ったり来たりする。
それが21世紀の人間の在り方だ。
〈結城義晴〉