快晴の母の日。
自由が丘へ。
クレープ屋も繁盛。
そしていつもの花屋。
monceau fleurs、
モンソーフルール。
店舗の前の商店街の通路に、
カーネーションの鉢のひな壇陳列。
こちらもカーネーションの鉢で、
パイルアップ陳列風。
今日はカーネーション・デー。
切り花の花束。
こちらはアレンジの花束。
一束買って帰ろうか。
しかし考えてみると、
私にはもう母はいない。
店頭から店内へ顧客の行列。
だからソーシャルディスタンシング。
店内もカーネーション一色。
圧倒的な品揃えは、
多SKU化の原則から生まれる。
ウェグマンズと同じ。
お買い得品もある。
品揃えの考え方は、
基本に忠実だ。
いい店は例外なく、
業種・業態が異なっても、
顧客のほうを向いていて、
原則に忠実だ。
基本の徹底は商売の母である。
変化への対応はビジネスの父である。
うれしくなる。
新聞各紙が巻頭コラムで、
母の日を取り上げた。
コラムニストたちにも母はいる。
それぞれに自分の母を思い出しつつ、
筆を執った。
朝日新聞「天声人語」
サトウハチローさんの詩を取り上げた。
サトウハチローは詩人、童謡作家、作詞家。
童謡は、
「ちいさい秋みつけた」
「かわいいかくれんぼ」などなど。
歌謡曲は、
「リンゴの唄」
「花売り娘」など多数。
1903年(明治36年)生まれ、
1973年(昭和48年)逝去。
詩を2万編も書いたが、
そのうち3000が母に関する作品だった。
1919年(大正8年)に、
西條八十に弟子入りして、
童謡をつくり始めているから、
ある意味では私の同門で先輩だ。
早稲田大学童謡研究会の初代顧問が、
西条八十だった。
「母ありてわれかなし」
母ありて われうれし
母ありて われよぢれ
母ありて われすなおなり
母ありて われ寒し
母ありて われあたたかなり
これが不思議ではないのが
不思議です
母に対する想い。
反対の気持ちが交錯する。
小林一茶はこの句がいい。
亡き母や海見るたびに見るたびに
一茶は3歳で母と死別した。
そして47歳のとき、
この句をつくった。
母の日は、
亡き母を思う日でもある。
〈結城義晴〉