45年前の1977年も、
入社2日目に休日出勤をした。
現在は㈱商人舎代表取締役社長であるから、
休暇も何もあったものではないが、
出社して、原稿執筆と入稿をした。
オフィスには、
「明治マーケティングレビュー」が届いていた。
㈱明治が発行する季刊誌。
私の連載は第49回になる。
「小売業のスーパーマーケティング」
超級のマーケティングであり、
スーパーマーケットのマーケティング。
このタイトル、気に入っている。
今回のテーマは、
「ポスト・コロナのマーケティング」
手に入る方は読んでください。
この連載は「ですます調」の文体で、
それもあってリラックスして執筆している。
桑原節(たかし)サンのイラストがとてもいい。
有難い連載となっている。
このマーケティングレビューの最終ページは、
「豊・食・人・語」というエッセイの連載だ。
今回のテーマは、
「グルメはグルマン」
作家・開高健の言葉が取り上げられている。
「グルメ」は「食通」。
「グルマン」は「大食漢」、「大食い」。
『眼ある花々/開口一番』の中の文章。
「美食家はかならず大食家であり、
その哲学は《量ガ質へ転化スル》を
第一条としている」
一方、
『鈴木敏文 仕事の原則』
2015年、日本経済新聞出版社刊。
緒方知行さんが亡くなる直前に、
鈴木さんの言葉を編集した本だ。
ちょっと雑駁な印象がある。
だがその「仕事の原則23」。
「質を量でカバーすることは絶対にできない」
開高健の「量ガ質へ転化スル」と、
鈴木敏文の「質は量でカバーできない」。
あなたはどう考えるだろうか。
開高健は哲学のことを言っている。
つまり人間としての考え方や生き方のことだ。
多くの本を読む。
たくさんの体験をする。
それを開高は「量」と呼ぶ。
その学習の量が積み重なると、
質が上がる。
たくさんのものを食べる。
すると食に精通するようになる。
だから美食家はかならず大食家である。
誰よりもたくさんの練習をしたから、
絶対に負けない。
これはアスリートの哲学だ。
何億もの手筋を考えたから、
最善の一手が打てる。
これは藤井聡太の勝負の哲学だ。
たくさんの文章を書く。
するといい文章を書けるようになる。
文章家の哲学だ。
もちろん私もこれを実践してきた。
一方、鈴木敏文さんは、
「モノ」の「数」のことを「量」と言っている。
あるいは「人間」の数のことを問題にしている。
鈴木さんの「量」とは「数」である。
だから本の中で言っている。
「すべての物事について当てはまることは、
量は質を絶対にカバーすることは
できないということ」
一般的には、
数を集めても質が良くはならない。
工業製品などがそれだ。
しかし農産品などで、
大量に集めてその一番いい部分だけ、
少しずつ抜き出して製品をつくれば、
量が質を生み出すこともある。
吟醸酒づくりの発想だ。
精米歩合が60%以下の酒を「吟醸」という。
50%以下が「大吟醸」である。
山田錦という酒専用の米を磨いて、
6割以下を使うのが吟醸。
5割以下しか使わないのが大吟醸。
山県健酒田市の「楯野川 光明」は、
精米歩合1%の大吟醸だ。
1%しか使わないから1升74万円也。
1升つくるためには、
山田錦の量が必要となる。
これは開高の哲学に通じる。
一方、鈴木敏文さん。
「多くの人は、
量で質をカバーできると思っています。
質を上げるためには量を増やせばいい
と考えているのは間違いです」
これはこれで正しい。
一般的なモノはいくら量を集めても、
それ自体が質に変わることはない。
人に関しても「数」を問題にする。
「どこの会社でも
バイヤーの数を増やすことがいいことだ
と思っていますが、
人数が増えればいい仕事ができる
と思ったら大きな間違いです」
「バイヤーの数は少ないほうがいい。
その数が増えれば増えるほど情報は分散する」
人の「数」を問題にしている。
ただし一人ひとりのバイヤーや店長は、
多くの経験をして成長していく。
食品のバイヤーは、
大食家であるほうがいい。
衣料品や住関連などのバイヤーも、
多くの現場を踏む方がいい。
一人ひとりの人間としては、
「量ハ質ニ転化スル」のである。
けれど組織として一番強いのは、
「量が質に転化する」の経験をした人間の「数」が、
他を圧するほど多いことである。
そして個人は、
「量ハ質ニ転化スル」を信じるべきだ。
何度失敗しても、
「量ハ質ニ転化スル」を思えば、
その失敗を糧(かて)にすることができる。
私はそれを貫こうと思っている。
〈結城義晴〉