立夏。
夏が立つ日。
横浜は最高気温26℃。
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長。
COVID-19の終了宣言を発した。
思い返せば2020年1月30日。
新型コロナウイルス感染拡大が始まって、
WHOが世界に向けて宣言した。
「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」
Public Health Emergency of International Concern。
略して「PHEIC」、フェイクと呼ばれる。
このPHEICの終結宣言が発せられた。
何はともあれ、
ほっとする。
3年3カ月。
死亡率が低下し、
医療システムへの負担が減少している。
多くの国で生活が通常に戻っている。
しかしこれは、
「新型コロナがもう
世界的な脅威ではないという意味ではない。
ウイルスは命を奪い続けている」
政府分科会の尾身茂会長。
「日本でも感染症法上の位置づけを
5類に移行する対応をとる中でもあり、
WHOの判断は適切なのではないか」
そう、日本でも、
5月8日から感染症法のうえで、
2類相当から5類に分類が変更される。
実質的な終了宣言である。
2021年2月号の月刊商人舎。
[Message of February]
あすへの希望
新型コロナのおでましだ。
新型コロナのおとおりだ。
そうして一年、すぎました。
そうして一年、ゆきました。
ちいさな喜び、つくります。
ささやかな幸せ、ご提供。
あすへの希望、つむぎます。
そうして一年、ゆきました。
雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
そうして一年、すぎました。
そうして一年、ゆきました。
ちいさな喜び、つくります。
ささやかな幸せ、ご提供。
あすへの希望、つむぎます。
そうして今日が、おわります。
それが私のしごとです。
それが私のやくめです。
そうして今日が、はじまって、
そうして今日が、おわります。
新型コロナの行く手には、
まだまだ、深い、ため息が、
なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、つかめない。
だれにも、それは、語れない
ことだけれども、それこそが、
いのちだろうぢゃないですか。
けれども、それは、示(あ)かせない……
新型コロナのおでましだ。
新型コロナのおとおりだ。
そうして一年、ゆきました。
そうして一年、すぎました。
ちいさな喜び、つくります。
ささやかな幸せ、ご提供。
あすへの希望、つむぎます。
そうして今日も、おわります。
ちいさな喜び、
ささやかな幸せ、
あすへの希望。
それらを祈念しつつ、
この3年間を過ごしてきた。
だからPHEIC終結宣言はうれしい。
雲が流れる。
茨城県の茨城ゴルフクラブ西コースで、
女子プロのメジャー大会が開催されている。
ワールドレディスチャンピオンシップ。
アンダーパーの選手がひとりもいなくなった。
雨よりも、日照りよりも、
風のなかでのプレーが
ゴルフは一番難しい。
強風のなかの私も、
やっと100をきって、
97だった。
とほほ、情けない。
ゴルフから帰宅して、
自由が丘。
母の日プロモーション一色。
カーネーションが色とりどりに並んだ。
私にもやっと、
ゴールデンウィークがやって来た。
幸せはどこにでもある。
しかし、
ジョン・スチュアート・ミル。
「自分は今幸福かと
自分の胸に問うて見れば、
とたんに幸福ではなくなってしまう」
「幸福になる唯一の道は、
幸福をでなく何かそれ以外のものを
人生の目的にえらぶことである」
ミルは19世紀のイギリスの哲学者、経済学者。
1806年5月20日~1873年5月8日。
「自意識も細かな穿盤心(せんさくしん)も自己究明も、
すべてをその人生目的の上にそそぎこむがよい」
「そうすれば他の点で
幸運な環境を与えられてさえいるなら、
幸福などということを
クヨクヨと考えなくとも、
想像の中で幸福の先物買いをしたり
むやみに問いつめて
幸福をとり逃がしたりせずに、
空気を吸いこむごとくいとも自然に
幸福を満喫することになるのである」
(『ミル自伝』岩波文庫より)
幸せをつかむことを、
人生の目的にしてはいけない。
幸せは空気を吸い込むごとく、
いとも自然に満喫するものである。
商売の利益は幸せに似ている。
だから利益を目的としてはいけない。
利益は空気を吸い込むように、
いとも自然に得られるものである。
〈結城義晴〉