予定していたゴルフラウンドを中止にした。
戸塚カントリー倶楽部。
台風10号で横浜も大雨警報、洪水注意報、
そして雷注意報まで出ている。
だから当然と言えば当然。
それにしても居座り台風。
その被害が各地に出ている。
お見舞い申し上げます。
Paris2024パラリンピックが始まっている。
パラリンピックは1960年に始まった。
パリでの開催は初のことだ。
史上最多の167カ国・地域と難民選手団、
約4400人のアスリートが出場する。
開会式は凱旋門から、
シャンゼリゼ通りを行進。
すばらしい。
オリンピックはセーヌ川を船で入場したが、
それよりもいい。
茜色に染まった8月のパリの空。
選手団の先頭はギリシャ代表。
先頭には盲導犬が付き添う。
車イスの選手、義足の選手。
見事な入場行進だ。
12日間に22競技549種目が行われる。
日本からは海外開催最多の175選手。
聖火台はオリンピック同様に、
チュルリー公園の気球にセットされた。
「パラリンピック」という言葉は、
「パラプレジア」(Paraplegia)と、
「オリンピック」(Olympic)との造語。
「Paraplegia」は、
脊髄損傷等による下半身麻痺者のこと。
それに「パラレル」(もう一つの)という意味が加わった。
1948年、ロンドン郊外の病院で、
車いす患者のアーチェリーの競技会が開かれた。
入院患者を対象としたストーク・マンデビル競技大会。
この日はロンドンオリンピックの開会式が開かれていた。
これがパラリンピックにつながった。
ドイツから逃れてきたユダヤ人医師が、
第二次世界大戦の戦傷者たちのリハビリに、
スポーツを取り入れ、
それが大きな成果を上げた。
グットマン博士の理念。
「失われたものを数えるな、
残された能力を最大限生かせ」
日経新聞社会面の記事。
ロシアによる侵略が続くウクライナから、
140人の選手が参加する。
そのなかには戦闘で脚を失った元兵士がいる。
エフヘニー・コリネツ選手。
激戦地で負傷して左脚を切断。
リハビリをしながら、
シッティングバレーボールの競技を始めて、
代表としての出場権を獲得した。
難民選手団からトライアスロンに出場するのは、
シリア出身のイブラヒム・フセイン選手。
2012年に内戦で右脚を失った。
難民申請が認められたギリシャで水泳を再開した。
米国からはメリッサ・ストックウェル選手。
2004年のイラク戦争で左脚を失った。
その後、水泳とトライアスロンの選手となって、
北京、リオ、東京、そして今回の代表となった。
米国は負傷兵のスポーツを支援している。
東京大会にも退役軍人や軍関係者が20人ほど出場。
世界各地での戦禍によって負傷した兵士が、
平和のためのパラリンピックに出場する。
ウクライナ・パラリンピック委員会のスシケビッチ会長。
「ロシアの攻撃で大勢が障害を抱えるようになっている」
そして言う。
「人類にとって最も重要な『平和』への
メッセージを発信するべきだ」
「失われたものを数えるな、
残された能力を最大限生かせ」
年を取ってくると、
この言葉の意味がよくわかってくる。
台風や地震で失われたものは多い。
しかしそれを数えていてはいけない。
東日本大震災のときの気仙沼。
津波に店と自宅をさらわれた熊谷光良さん。
絶望する若い人たちに言った。
「何失くした?
商売というのは、
人と技術と信用でやるもんでねぇか。
何か失くしたか?!」
家も会社も流されたけれど、
家族と従業員はみんな助かった。
命は守られた。
失ったものを数えても仕方がない。
商売は人と技術と信用でやるもの。
残されたものを最大限生かす。
戦争を止め、平和を取り戻すときも、
同じ考え方だ。
パラリンピックからも、
熊谷さんからも、
もっとも大切なことを学ぶ。
ありがたい。
〈結城義晴〉