店が死んでいる。 It’s a dead store.
2005年11月12日の土曜日。夕方の4時。
アメリカ・テキサス州の州都オースティン。
市内を縦断して走るフリーウェー35号線。
その35号線に近接した好立地のアルバートソンの店舗。
アルバートソンは米国第2位のスーパーマーケットチェーン。
2004年年商375億ドル(約4兆3000億円)。
ホームセンター全米第2位のロウズ(同年商345億ドル、3兆9000億円)と並んで、ショッピングセンターを形成している。
車もまばらな駐車場にバンを停めて、店内に入る。
やや暗く、なぜかひんやりとしていて、よどんだ空気。
この店は時計回りで部門が配置されている。
左手に向かう。
スターバックスのインストアショップがある。
店員が一人。手持ち無沙汰なしぐさ。
すぐにベーカリーとデリの売場。
それから青果売場へと続くオーソドックスなレイアウト。
しかしこのあたり顧客も店員も見当たらない。
床だけは比較的ぴかぴかに磨かれている。
野菜と果物のアイテム数が極端に少ない。壁面のケース内も、通路上の島ケースの上も。
この店舗左側の突き当たり、マグネットのコーナーには、壁面欄間に“Produce”と、でかでかと表示されている。しかしその真下の売場にはクリスマス用の箱入りのドライグロサリーが並ぶ。奥にガランと以前の青果のバックヤードが広がっている。多分、カット野菜やカットフルーツの対面コーナーだったはず。
そのまま店舗奥の壁面沿いに歩く。ミートの売場から乳製品へ。ここにはバックヤードに女性のパートタイマーがひとりふたり。
副通路のグロサリー売場に入ると、商品のフェースは整然としている。全く売れていないため。一方、がら空きのゴンドラエンドもある。土曜日の夕方に。
棚ごとに黄色のスポッターが羅列されている。“Bonus Buy”。ポイントサービスの一種。
肉売場では茶色に変色したパックが並ぶ。
我慢しつつ奥から右壁面へのコンコースを歩く。
卵の売場。
もっとも売れ筋のレギュラーアイテムが品切れ。唯一残った12個入りのパックは、パッケージが半分破れていて、中の卵が3個ほど割れたまま。
価格を目で追いながら店内を歩いていると、どれもこのエリアで一番高い。
バナナ、コーラ、牛乳、卵、ステーキ肉。
レジは三つほど開いていて、老年の女性、中年の男性が数品目ずつ買っている。
調剤薬局に客がひとり、待っている。
マネジャーらしきメキシカンの男が二人、話しながら、そのレジの前を歩いていった。レジを気にかける様子もない。
この店は死にかけている――。
私はそう思った。
背筋がひやりとした。
20世紀の終わりまで、アルバートソンはアメリカ随一の、究極のスーパーマーケット・チェーンと賞賛された。
1998年、ウォルマートが「ネイバーフッドマーケット」の店名で、スーパーマーケット・フォーマットの実験に入ると発表したとたん、上位スーパーマーケット企業群にうねりのような動揺が走った。
第1位のクローガーはすぐにフレッドメイヤーを傘下に入れて、西側の強化を図った。
第2位のセーフウェイは、何と公開買付けで、第1位のクローガーの買収に動いたが、結局失敗した。
その中で、第5位だったアルバートソンは、第3位のアメリカンストアーズと合併して359億ドルの売上高となった。小が大を食う合併であった。というのも、アルバートソンが当時のスーパーマーケット業界で最も高い経営効率と最も良好な財務内容を有していたからである。
この結果、アルバートソンは、1999年のランキングで、全小売業中ウォルマート、クローガー、シアーズについで第4位、スーパーマーケット中クローガーについで第2位へと躍進した。
クローガーもアルバートソンも、セーフウェイも、巨大なウォルマートに店舗数と売上規模で対抗しようと試みたのである。
当時、アルバートソンの店舗は輝いていた。
その後、スーパーマーケット企業の順位は変わっていない。だが、ウォルマートはスーパーセンターという食品売場を強化した総合店舗を当時の600店段階から現在、1700店を越え、2000店に迫るネットワークにまで急速拡大させた。
一方、アルバートソンの売上高規模は大きく変わってはいない。
アルバートソンは、昨年2004年、エクストリーム社という別会社を設立させた。そして「スーパーセイバー」という店名のプライスインパクト型フォーマットの開発実験を始めた。1200坪タイプで、限定品揃え・低価格・ノーサービスの倉庫型店舗である。
さらにロサンゼルスの「ブリストルファーム」(11店舗)を買収して、グルメスーパーにも色気を見せた。これも実験の領域を出てはいない。
その一方で、メインストリームと呼ばれる主流のタイプは、明らかにウォルマートのスーパーセンターに狙い撃ちされている。
いや、スーパーセンターと各地の有力ローカル&リージョナルチェーンに挟み撃ちされているのだ。
ここ、テキサスでは、マーケットシェア50%を超えるといわれるHEB(全米小売業25位、スーパーマーケット第5位)とウォルマートにサンドイッチ状態で攻撃されている。
アメリカではちょっと弱い企業は、寄ってたかって叩きまくられる。
しかし、あのアルバートソンがなぜ、ここまできてしまったのか。
立地は良い。典型的なネイバーフッドショッピングセンターで展開している。
売場はオーソドックスな1000坪タイプのフード&ドラッグ。
アルバートソンの情報システムと物流システム。
アルバートソンの商品とアルバートソンの人材。
アルバートソンのマニュアル。
顧客を裏切ることの恐ろしさ
昨2004年度の第3四半期、アルバートソンは、ウォルマート流のエブリデーロープライス(EDLP)政策を採用し始めた。
名づけて「チェック・ザ・プライス」。
EDLPとは、一言で言えば、1年間、売価をほぼ特売価格に固定する作戦である。
1年間売価を下げ、ベンダーと顧客の支持が得られれば、さらに下げていく。
つまり永遠に価格を下げていく姿勢をマーケットに示すことで信頼を勝ち取る経営戦略と言い換えることもできよう。
このEDLP政策を採用すると、客数や買い上げ点数が飛躍的に増加しない限り、当然ながら売上高は激減する。
少なくとも2年間はじっと我慢しなければならないといわれてもいる。
しかしこの地のアルバートソンには、それができなかった。
2005年11月の今、もう地域で一番の高価格スーパーマーケットになってしまっているからだ。
アルバートソンは自らの価格の軸を大きくぶらしてしまったのだ。
その結果、顧客たちから、見放されてしまった。
あの、アルバートソンが・・・・・・・。
現在、60%が自社物件というかつての超優良企業のアルバートソンは企業そのものの資本売却を含めて、商勢圏レベルの店舗網売却の検討に入っていると伝えられる。
私は、どんなに優れた企業の優れた店舗よりも、このアルバートソンの店を見て欲しいと思う。
顧客を裏切ってしまった店の末路を、日本の商業者に知ってもらいたいと思う。
背筋に寒気が走る状況を感じてもらいたいと思う。
それが2005年から2006年へかけての、私なりの行く年来る年である。
株式会社商業界代表取締役社長 結城義晴
<『販売革新』12月号Publisher’s Voiceより>