「三方良し」とセブン&ミレニアムのM&A
買い手良し、
売り手良し、
世間良し。
近江商人の「三方良し」。
いつも私の心の中にある言葉。
いつも向き合っている人の心の中を計る言葉。
『メッセージ』第2章<損得と善悪>「三方良し」より
セブン&アイホールディングスとミレニアムリテイリングの統合を見ていて、私は自分で書いたこのフレーズを思い浮かべた。
セブン&アイの鈴木敏文さんは買い手。
ミレニアムの和田繁明さんは売り手。
これは間違いない(売り手・買い手という発想自体古いと批判されそうだが、「三方良し」を持ち出した以上、古さも仕方ない。お許しいただきたい)。
もちろん、結果として、日本最大の小売業が誕生する。
従って、世間も、とりわけマスコミや証券アナリストは良しとするのだろう。
もっとも、野村プリンシパルも、ミレニアム株を上手に売り抜けたのであるから、彼らは売り手となる。しかしここでは、対象外。主役ではないからだ。余談だが、ライブドアにしても「虚業」と決め付けられて、脇役以外の何者でもないことは明らかとなった。
文句なく良い買い物
売り手の主役のミレニアムは、安定的な最大株主、それも実業の小売業であるスポンサーが見つかって、これは「良し」と評価できよう。セブン-イレブンの収益力がバックボーンとなったのだから、アメリカのフェデレーテッドとまではいかないが、強気の営業政策を打ち続けるとともに、百貨店連合への構想を描いたに違いない。
買い手のセブン&アイは、どうか。
私は、こちらも買い物としては、文句なく「良し」だと思う。
あの価格であの買い物。そうそう見つかるものではない。
一応の整理がついた全国の物件、経営者を含めた多数の優秀な人材。
一度落ちたとはいえ、百貨店としての社会的信用。
ロビンソン百貨店が、鈴木敏文氏マターでイトーヨーカ堂の優秀な人材を投入しつつ苦戦を続けた過去を見ると、お得な買い物であることはさらに納得がいく。
私は、これによって、セブン&アイが経済規模の上でイオンを抜いて日本第1位の小売業になったとか、世界第5位の小売業に躍進しただとか、そんなことに関心はない。
良い会社になれるのか、ということにこそ、興味がある。
買い物としては良しだが、良い会社として成長するために、良しなのか。
私は「総合小売業のフォーマット」が駄目になるとは考えていない。これは何度も発言してきた。
ただし、ダイエーがやっていた総合スーパーは駄目になったし、イオンのジャスコもセブン&アイのイトーヨーカドーも改革を要することは確かである。
どんな総合小売りフォーマットなのかは分からない。
無責任に回答を出すべき問題でもない。
しかし、世界の小売業を見ると、むしろ総合小売りフォーマットは隆盛を極めている。
アメリカにおけるウォルマートのスーパーセンターがその代表だし、フランスにおけるカルフールのハイパーマーケット、イギリスにおけるテスコのエクストラやスーパーストア。ここで重要なのはどの国のどんなマーケットにおけるどんなフォーマットか、ということ。
翻れば、日本でも中国・九州地方のイズミのゆめタウンは業績がいいし、沖縄におけるサンエーの大型店にも収益力がある。
この点で、イトーヨーカドーという総合フォーマットが、ジュニアデパートメントストアに変身していくとしたら、ミレニアムの人材と信用は役に立つ。
この面でも良い買い物だった、と言えるときが来るかもしれない。
百貨店は百貨店として良くなり、総合スーパーは総合小売りフォーマットとしてよくなり、両者を2核にしたショッピングセンターが開発できれば、それはうまく出来過ぎた話となる。ただしショッピングセンターの核店舗は、原則的に、経験的に別資本であることが望ましいとされている。だからここには私、ちょっと引っかかる。
コンビニはもともと良いし、レストランもスーパーマーケットも競争的に見て、相対的にレベルは高い。
良い会社になっていく、そう予測することは出来る。
セブン&アイはホールディングカンパニーなのだから。
世間良し、なのか
さて、三方良しの最後、「世間」はいったい、良しとするのだろうか。
世間とは、顧客、取引先、株主、などなど、すべてのステークホルダーを指す。
マスコミではない。マスコミは世間の評判を形づくることに影響を与えるが、世間ではない。
私は、お客にとって良しなのか、を重視する。近江商人の言う「世間」とは、お客さまの永きに渡る御愛顧であるからだ。
しかしこのことに関しては、今後の、業績によってしか、証明は出来ない。
顧客の支持とは、客数であり、結果としての売上高という指標であるからだ。
ただし顧客の満足を永きに渡って提供し続けるためには、会社のマネジメント力が十分に機能し続けることが第一の条件となる。そう、人間とその人間の組織が顧客志向を続けることが出来るか。そのことに今回のM&Aが好循環をもたらすか。
ここにかかっている。
昨年末から今年初、私は多くの店を見た。お客の立場にたって。
イトーヨーカドー、西武百貨店、ヨークベニマル、デニーズ、もちろんセブン-イレブンも。
店は以前とさして変わらない。だが実に不思議な感慨を持った。
セブン&アイのマークにである。
イトーヨーカドーの鳩のマークがセブン&アイに変わっている。
デニーズも、セブン-イレブンも。
そして率直に違和感を感じた。
アメリカのアルバアートソンは買収したアメリカンストアズの店舗を、徹底的にアルバートソンへと標準化していった。そして苦境へと落ちていった。
一方、クローガーは各地のスーパーマーケットを傘下におさめつつ、連結でナンバー1の地位を保っているが、マーチャンダイジングや店づくり、店名やマークはその地域になじんだ従来のものを使用して、比較的に好成績を収めている。
ホールディングカンパニーのあり方を示す一例である。
セブン&アイにおける良い買い物のミレニアム統合も、より良く使えば三方良しとなる。
間違ったら、ニ方良し、さらに長期的に見ると一方良しとなってしまうかもしれない。
マスコミではない方の私の立場としては、世間良しが為って、三方良し、と願いたいものだが。
<結城義晴『販売革新2月号』2月1日発行予定“Publisher’s Voice”より>