トランプの”looting⇒shooting”と谷川俊太郎の「平和」
平和〈谷川俊太郎〉
平和
それは空気のように
あたりまえなものだ
それを願う必要はない
ただそれを呼吸していればいい
平和
それは今日のように
退屈なものだ
それを歌う必要はない
ただそれに耐えればいい
平和
それは散文のように
素っ気ないものだ
それを祈ることはできない
祈るべき神がいないから
平和
それは花ではなく
花を育てる土
平和
それは歌ではなく
生きた唇
平和
それは旗ではなく
汚れた下着
平和
それは絵ではなく
古い額縁
平和を踏んずけ
平和を使いこなし
手に入れねばならない希望がある
平和と戦い
平和にうち勝って
手に入れねばならなぬ喜びがある
COVID-19によって、
世界に不安が訪れた。
混沌もやってきた。
アメリカのミネアポリス。
白人警官が、
黒人男性の首を圧迫して、
死亡させた。
抗議行動は全米50都市に拡大し、
25都市以上で夜間外出禁止令が出た。
ドナルド・トランプはツイートした。
“When the looting starts, the shooting starts”
「略奪が始まれば、銃撃が始まる」
“looting”――略奪すること、
“shooting”――銃撃すること。
1960年代のフロリダ州マイアミ。
人種差別的傾向が強い白人警官が、
黒人に対してどのような姿勢で臨むかと、
問われたときに答えた言葉。
その後、公民権運動家たちから、
強く非難されてきた言葉だ。
それをトランプが使った。
ツイッター社は自動的に、
投稿を表示しない措置を取った。
強制的な「非表示」である。
ツイッターは、
「投稿が暴力を賛美している」場合には、
非表示にする。
ただし「表示」をクリックすれば閲覧は可能だ。
全米にこのツイッターが広がり、
トランプへの抗議の声も爆発した。
それが抗議行動に拍車をかけた。
そして夜間外出禁止令が発動された。
平和は、
空気のようにあたりまえなものだ。
今日のように退屈なものだ。
散文のように素っ気ないものだ。
しかし平和はこの上なく素晴らしい。
平和のために必要なのは、
花を育てる土であり、
生きた唇である。
汚れた下着であり、
古い額縁である。
アメリカ合衆国には今、
花を育てる土もなく、
生きた唇もない。
汚れた下着もないし、
古い額縁もない。
ドナルド・トランプが、
見せかけの花や歌を訴求し、
まやかしの旗や絵を強調し、
銃弾によって平和を踏みにじる。
平和を踏んずけ、
平和を使いこなし
手に入れねばならない希望がある。
平和と戦い、
平和にうち勝って、
手に入れねばならなぬ喜びがある。
コロナと共生する現代、
平和は戦争の対義語ではない。
差別や偏見と静かに闘うことこそ、
平和への足取りである。
〈結城義晴〉