Snow Moonと「将棋界の一番長い日」
2月の満月。
Snow Moon。
雪の月。
ネイティブ・アメリカンが、
毎月の満月に名前をつけた。
1月はWolf Moon。
オオカミの月。
野生の狼が遠吠えするときの満月。
3月はWorm Moon。
芋虫の月。
芋虫が這い出る季節で、
日本の二十四節気「啓蟄」に似ている。
その2月のSnow Moonだが、
雪は降っていなくとも、
冴え冴えとした趣がある。
2月26日の金曜日から、
27日の土曜日午前様まで。
「将棋界の一番長い日」だった。
いま東北新社の接待問題で話題の、
囲碁将棋チャンネルで1日中中継。
将棋のプロ棋士は現在172人。
その棋士たちには、
厳然としたランキングがある。
1番から172番まで。
それが将棋順位戦と称される、
最も伝統のある棋戦だ。
歴史的な紆余曲折があって現在は、
朝日新聞と毎日新聞が共催している。
最高峰のクラスがA級の10人。
次がB級1組、その次がB級2組。
そしてC級1組、C級2組と続く。
これ以外にフリークラスとして、
順位戦から退場した棋士もいる。
すべての棋士がプロ4段になると、
C級2組に位置づけられて、
そこから這いあがる。
C級2組には今年度52人がいる。
藤井聡太は2016年10月1日に、
史上最年少の14歳2カ月でプロ入りし、
翌2017年度4月から、
C級2組でスタートした。
その2017年度は1年間全勝で、
翌2018年にC級1組に昇格。
この年も全勝で翌2019年度、B級2組。
しかしこの19年度は9勝1敗で、
惜しくも昇級できなかった。
翌2020年度の今期はまた全勝して、
2021年度はB級1組に上がる。
このB級1組は「鬼の棲家」と言われて、
A級を目指す俊英と、
A級から落ちてきた強豪が、
しのぎを削る。
18歳となった藤井聡太は、
プロになってからこれまでの4年間、
棋士のランクを示す順位戦で39勝1敗。
順位戦は圧倒的に強い。
来年度、このB級1組を1年で通過すれば、
2022年度にA級に上がる。
そしてA級で優勝すれば、
名人に挑戦できる。
この順位戦のシステム全体の中で、
A級棋士たちの最終戦が一斉に行われる。
それが「将棋界の一番長い日」だ。
今年度はこのA級順位戦最終日が、
静岡市葵区の料亭「浮月楼」で行われた。
最後のイベントを盛り上げる趣向だ。
この10人による5局が、
互いに持ち時間6時間で、
朝9時からスタート。
午後8時過ぎから、
次々と終局を迎えて、
最大の注目局は、
27日午前0時15分に終わった。
斎藤慎太郎八段と佐藤天彦九段の一戦。
斎藤八段が今期は、
7勝1敗で首位を走ってきた。
この一戦に勝利すると、
名人挑戦権を獲得する。
果たして、163手で、
佐藤天彦が投了。
互いに持ち時間を使い切り、
昼食と夕食の休憩それぞれ1時間で、
あとは1分将棋。
斎藤慎太郎は奈良市出身の27歳。
日本将棋連盟関西本部所属で、
「西の将棋王子」と称される。
藤井聡太同様に詰将棋の達人で、
2019年詰将棋解答選手権2位。
1位は藤井聡太。
対する佐藤天彦は福岡県出身の33歳で、
2017年、18年、19年と3期、
名人位を獲得していた天才だ。
名人戦は七番勝負。
4月7日にホテル椿山荘東京で開幕する。
待ち受ける名人は渡辺明、
東京都出身の36歳。
現在、名人のほかに、
棋王位と王将位を保有する三冠。
2021年時点で最強の実力者だ。
「将棋の渡辺君」という漫画でも人気。
奥さんがその漫画を描く伊奈めぐみさん。
私もこの5巻すべてを持っている。
将棋界も毎年4月に始まって3月に終わる。
その新年度のはじめの大勝負が、
名人戦7番勝負となる。
囲碁界にも一番長い日がある。
こちらは本因坊戦リーグ最終一斉対局の日だ。
将棋界は名人戦、
囲碁界は本因坊戦。
囲碁の本因坊は現在、
井山裕太、31歳。
現在9連覇中の圧倒的な王者だ。
将棋界のかつての名人たちには、
良いことばがある。
現名人の渡辺明も、
佐藤天彦も斎藤慎太郎も、
藤井聡太も、
そして井山裕太も、
まだ名言は吐けない。
強い将棋や囲碁を指すだけだ。
名言を残し、それが、
他者に影響を与えるようになるには、
時間が必要なのだ。
故大山康晴名人(1992年没)。
「平凡は妙手に勝る」
小売業にもサービス業にも当てはまる。
「勝負において、
奇をてらうような手に、
いい手はない。
いい手というのは本当は
地味な手である」
その大山の先輩で、
「新手一生」の升田幸三名人(91年没)。
「勝負は、
その勝負の前に
ついている」
その通り。
「難局は、これ良師だ。
負けることはありがたい。
負けて目覚める、
あの手この手だ。
苦しみが勉強になる」
果たして、
小売流通業界の一番長い日は、
いつなのだろう。
いつなのかはわからないが、
しかしその際には、
誰を置いても結城義晴が、
観戦記を書かねばならないだろう。
〈結城義晴〉