アマゾンに買収された新聞社編集主幹の退任の言葉
横浜は豪雨。
雷が鳴って、激しい雨が降った。
昨夜は完全徹夜で原稿書き。
今日は昼まで寝てしまった。
まだまだ若い時のように、
仕事はできます。
私は仕事によって、
生かされている。
その私の仕事は、
いまやよくわからない状態だ。
しかし、何かを調べ、知って、
それを伝えることを、
ジャーナリズムと呼ぶとするならば、
それは確かに私の仕事である。
このジャーナリズムに関して、
マーティン・バロンが発言。
日経新聞掲載。
マーティン・バロンは、
ワシントン・ポストの編集主幹だった。
ジャーナリズムの現場で45年。
米国フロリダ州出のユダヤ人、66歳。
大学卒業後、マイアミ・ヘラルド入社。
それからロサンゼルス・タイムズ、
ニューヨーク・タイムズを経て、
2001年にボストン・グローブ編集主幹。
2013年1月、ワシントン・ポストに移籍して、
編集局長。
ボストン時代に、
調査報道チーム「スポットライト」を率いて、
カトリック教会の児童性的虐待をスクープした。
その記事はピューリッツァー賞を取り、
映画「スポットライト」になった。
映画はアカデミー作品賞・脚本賞を受賞。
そのマーティン・バロン編集主幹が、
2月末にワシントン・ポストを退任した。
凋落激しい新聞業界。
アメリカでも同様だ。
国民が新聞を読まなくなった。
しかしバロンの任期中に、
ワシントン・ポストは、
電子版有料読者は約300万人に達し、
編集部員数は1000人規模と倍増した。
バロン就任のその年の10月には、
アマゾン・コムのジェフ・ベゾスが、
同新聞社を買収した。
べゾスはバロンごと、
ワシントン・ポストを買い取った。
買収後、べゾスはすぐに言った。
「ワシントン・ポストは戦略を変えるべきだ」
「首都圏や近隣州の住民を意識した記事作りは
今までは正しかったかもしれないが、
デジタル時代には全米、
さらには世界で読まれる媒体を
目指さなくてはいけない」
同紙は米国政治の中心を取材し、
全米で3本の指に入る知名度がある。
ウォーターゲート事件以来、
「知られざる真実を掘り起こす報道機関」
というアイデンティティーがある。
しかしベゾスは、
「全国の読者に受け入れられる下地があるし、
読んでもらえるはずだから、
迅速に戦略を変えるべきだと考えていた」
アメリカの新聞ジャーナリズムは、
小売業で言えばローカルチェーンばかリだった。
ニューヨークタイムズや、
ロサンゼルスタイムズ、
そしてワシントン・ポストは、
リージョナルチェーンにはなっていた。
それをナショナルチェーンに戦略転換する。
ジェフ・べゾスはそう考えていた。
アマゾン・コムは、
西海岸のワシントン州シアトルで、
本のローカル通信販売業者として始まった。
しかし瞬く間に、
ナショナルeコマースとなった。
それがべゾスの頭にあった。
「インターネットがもたらす
“痛み”は受けているのに、
なぜ”ギフト(贈り物)”のほうは
受け取らないのか」
「ネットは確かに
広告という収入の柱を奪った。
だが、同時に世界中に
追加費用なしで記事を配れるという
ギフトをもたらす存在でもある」
「もう紙の新聞を
物理的に届ける必要はないのだから、
ワシントン・ポストが
全国紙に転換する好機だと
気がつかせてくれた」
編集部の改革について、
バロンはどう考えたか。
「業界他紙と同様、
ワシントン・ポストの編集部も
縮小傾向にあった」
バロンは軍隊に例える。
「規模の大きな米国軍にはなれないが、
少数精鋭の特殊部隊になればいいと考えていた」
「精密に戦略を立て、
正確に実行し、全力を尽くして、
あとは結果が出てから考えればいい」
だが、結果として、
べゾスの買収によって、
縮小型の発想から脱却できた。
このマーティン・バロンの言葉、
小売業のローカルチェーンや、
リージョナルチェーンのトップにそっくり。
米国軍ではなく少数精鋭の特殊部隊。
精密な戦略、正確な実行、全力を尽くす。
あとは結果が出てから考える。
もちろん小売業は、
地場産業、装置産業、人間産業だ。
新聞ジャーナリズムとは違う。
バロンは述懐する。
「可能性はゼロではないが、
成功していなかったと思う」
そう、ローカルチェーンにも可能性がある。
リアル店舗だけの時代ならば。
「ミスター・ベゾスがいなければ、
ほかの地方紙と同じように、
人員を削減し読者も減るという
悪循環に陥っていたと思う」
「地方紙から全国紙に
カジを切るという戦略もなかったし、
デジタル化に投資する
資金力もなかったからだ」
「全国紙」にするために、
どのような変革を行ったのか。
「全国のジャーナリストをつなぐ
ネットワークを作り、
支局のない場所での
ニュースも拾える体制を作った」
ボランタリーチェーンである。
ローカル紙の弱体化によって、
多くの地方在住のジャーナリストが失業した。
早期引退を余儀なくされた。
「こうした優れた人材が、必要な時に応じて
ワシントン・ポスト紙に
記事を出稿する仕組みだ」
「過去に新聞社での勤務経験がなく、
ネット媒体で活躍してきたような人材も
雇用するようになった」
「ワシントン・ポストではなじみの薄かった
”フード”や”ネット文化”といった
トピックも扱うようにした。
ブログも始めた」
これまでと品揃えを変えたわけだ。
「朝イチで読めるコンテンツを作る
夜に働くチームを編集部に置いた。
こうした取り組みが現在の
編集24時間体制につながっていった」
ではデジタル時代に対応するために、
「人材の入れ替え」は必要なのか。
「もちろん、ワシントン・ポストは
テクノロジーに精通した人材も雇用した。
だが、伝統的なジャーナリストの
存在の重要性は変わっていない」
「人材の入れ替えが進んだわけではない。
大半の人材がいまでも編集部で働いている。
メディアの形態が変わったことを認め、
その状況に対応すればいいだけだ。
私も旧来型のジャーナリストだ」
「担当する分野に精通した記者は
かけがえのない存在だ。
編集部は、いい情報源を持ち、
きちんとした記事を書ける記者を
必要としている」
「自分が1番詳しい。この分野で権威だ」
記者がそう考えることはいいことだ。
「だが、その記事を
読者に読んでもらうためには、
デジタル時代に対応する必要がある。
対応した形で届けなかったら、
対応した別の記者の記事が
先に読者のもとに届いてしまうからだ」
ラストワンマイルの実態は、
新聞でも変わった
「いい記事」「いい記者」の定義は変わったか。
「変わっていない」
「質の高いジャーナリズムの定義に
変更はない。
届け方が変わっただけだ」
「今までよりもっと早く、
デジタル媒体で見やすいかたちで
届けることが重要だ。
こうした状況に対応することは
そんなに難しいことではなく、
ワシントン・ポストでは実行した」
デジタル時代の商売も同じだ。
「電子版のいいところは、
有料読者がどんな記事に
関心を示しているのかが
はっきりと分かることだ」
私の経験で言えば、
すぐ、その日が終わった瞬間にわかる。
「ワシントン・ポストの読者は、
奥の深い記事、分析のある記事、
調査報道を求めている。
ワシントン・ポストでしか読めない記事に
お金を払っているのだから、
我々はそこに投資する義務がある」
アマゾンに買収されたワシントン・ポスト。
ネット時代のローカルチェーンに通じる。
〈結城義晴〉