「コロナは医療進歩を早める」と「OXも重視しています」
夜、パソコンがフリーズした。
ほんとうに久しぶりだ。
そこで頭も思考停止して、
寝た。
ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン。
オーストリア出身の哲学者。
その『反哲学的断章』から。
「私の頭に
帽子をかぶることができるのは
私だけであるように、
誰も私のかわりに
考えることができない」
目覚めてフリーズしたパソコンを、
強制終了して、再び考え始めた。
ヴィトゲンシュタインは、
ピーター・ドラッカーの20歳ほど年上だ。
イギリスのケンブリッジ大学で、
バートランド・ラッセルに師事した。
メイナード・ケインズとは親友だった。
そのヴィトゲンシュタイン。
「世界の未来を考えるとき、
いつもわれわれが考えるのは、
世界がいま見えているまま
運動を続けるとしたら、
世界はどこにあるのだろうか、
ということだ。そして、
直線的な運動ではなく、
曲線を描いて、
たえず方向を変えるとは、
考えないのだ」
同感だ。
「フィナンシャル・タイムズ」
イギリスの新聞で、通称FT。
10月10日の記事が、
翻訳されて日経新聞に掲載された。
書き手はジリアン・テット記者。
イギリス生まれの女性ジャーナリスト。
1993年、FT入社。
97~2003年東京支局長。
現在はFT米国版編集長。
2008年、British Business Journalist of the Year受賞。
2009年、Financial Book of the Yearを受賞。
その作品は「愚者の黄金」
FTの記事のタイトルは、
「医療の進歩は早められる
コロナワクチン開発が実証」
様々な証言を集めて、
記事を紡ぎあげていく。
「パンデミック以前に進められていた
数千件に上る有望な臨床試験が中断され、
なかには打ち切られたものさえあった」
これは米国の非営利団体FFBの報告書。
その結果、
コロナ感染による犠牲者に加えて、
「非ウイルス関係の犠牲者」が今後、
増える公算が大きい。
テット記者。
「これは悲劇にほかならない」
そして、同時に2つの重要な疑問。
「1つ目は、未来の歴史学者が、
過去2年間の異常な時期を回顧した時、
コロナ禍の直接的な影響と比べ、
二次的、間接的、あるいは、
見えにくい被害をどう評価するかだ」
見えにくい被害の評価は、
実は極めて大事だ。
「2つ目の疑問は、
コロナ感染が収束した時に、
コロナ禍で頓挫した計画を
再開させる方法はあるのかという点だ」
「これは長期的損失を軽減するために
最大限の手を打てるか、
という問題も含む」
「2つ目の問いに答えが出ない限り、
1つ目の問いには答えられない。
そして、この問いの結論は
どうなるかはわからない」
「コロナ禍は、
医学研究の長期的な未来について、
以前より楽観的な気持ちにさせてくれる結果も
もたらしたからだ」
米国経済シンクタンク・ミルケン研究所。
「コロナ禍という
苦境のなかでの希望の光は
生物医学の研究者らが
科学の前進、革新に
つながる行動をとったことだ。
この進歩を特定、認識し、
その基盤の上にさらに
積み重ねていくことが極めて重要だ」
「最も顕著だったのは、
科学者たちが
デジタルプラットフォームを使い、
かつてないほど
緊密に協力し合ったことだ。
これにより、ワクチンが
前代未聞のスピードで開発された」
コロナ禍は、
科学者の緊密な協力をつくった。
ミルケン研究所。
「一方、企業は政府と協力し、
多額の資金を受け取った」
「もしこのひな型を
医学の他分野でも実現できれば、
ワクチン開発と同じくらい
目覚ましい成果を確実に出せるだろう」
科学者・研究者の連携と、
政府や企業の資金。
ただしテット記者。
「研究者らの力を
結集する上で障害となるのは、
盲目のような医学的課題については
切迫感があまりないことだ」
地味な課題と研究資金の障害。
「コロナ禍との戦いには
多額の資金が捻出されたが、
例えば膵臓(すいぞう)がんなど、
生物医学研究の一部の分野は
コロナ以前でさえ
研究資源の確保に苦労しており、
今後もその状況が続くとみられる」
研究資金の不足は、
政府予算に制約が多いこと。
日本だけでなく、欧米も同じだ。
民間資金が投じる研究費も、
分野によって不均衡である。
「大手製薬会社も、
病気が少数の人にしか影響しない場合は
支援を渋る」
これは「死の谷」と呼ばれている。
「科学者はしばしば、
画期的な研究の初期段階については
公的部門から資金をかき集めるが、
研究を実証するための開発での
資金の獲得には苦労する」
もう一つの問題。
「政治家も市民も
集中力が持続しないことだ」
小売業、サービス業にとっては、
行政も顧客も、
集中力が持続しない。
「コロナ禍のような
大惨事が発生した時には
医学研究への支持を得やすいが、
がんや視覚障害など進展が遅い危機は
さほど注目を集めない」
そう、新店が遅い危機は注目を集めない。
そして「茹でガエル」が出来上がる。
「研究が進まないことが原因で出る犠牲者は
気づきにくいからだ」
だが、
「コロナ禍の脅威が薄れつつあるなか、
こうした注目を集めにくい研究を
無視し続ける理由は薄れている」
「新型コロナは、
科学がなぜ重要なのか、
大胆なアイデアのために
財源をみつけた時に何ができるかを
実証してみせた。
この教訓を今こそ、
万事において
実現していく必要がある」
ワクチン開発の奇跡的なスピードは、
こうして得られた。
確かに、
コロナは医学進歩を早めた。
コロナは時間を早めた。
しかしそれが、
コロナだけで終わってはならない。
商売や仕事も同じ。
日の当たる領域、
目に見える分野だけでなく、
隠れたところ、
気づきにくい仕事に、
スポットが当たらねばならない。
先日、㈱カスミを訪れた。
常務の塚田英明さん(右)が言った。
「いま、DXも大事ですが、
私たちはOXも重視しています」
DXはDigital Transformation。
OXはOperation Transformation。
「直線的な運動」だけではいけない。
「曲線を描いてたえず方向を変える」
その思考回路が社会を変革し、
仕事を前身させる。
〈結城義晴〉