結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2022年04月10日(日曜日)

「いつも電話でネクタイを注文する男性」

「いつも電話でネクタイを注文する男性」
朝日新聞DIGITALの4月1日版。
若松真平記者の記事。
笏のね3
「葬式につけていけるネクタイが
ほしいんですけど」
関西弁の男性が電話をかけてきた。

黒いネクタイの注文だった。

自社ブランドのネクタイ、
「SHAKUNONE(笏の音)」に、
興味を持ってくれたらしい。

送り先や料金を確認して商品を発送する。

しばらくして電話がかかってきた。
「今度は結婚式につけていける白いネクタイを」

ネット注文も受け付けているが、
年配の男性は電話で注文する人も少なくない。

岡山県津山市にある㈱笏本縫製。
その
社長の笏本達宏さん。
35歳。

「商品を気に入っていただけたんだな」
ぐらいにしか考えていなかった。

男性からは、その後も電話がかかってきた。
「黄緑のワイシャツに合う色は?」
「細いのと太いの、どっちがいい?」
「結び方は?」

そんなやりとりの中で尋ねられた。
「次にイベントの予定はありますか?」

大阪・梅田の百貨店に、
期間限定で出店する予定があった。
日程を案内した。

2021年4月、阪急メンズ大阪。
ネクタイを売っていた笏本さんは、
まっすぐこちらに向かってくる男性に気づいた。

女性に支えられながら
「あっちですよ」と案内される男性は、
杖を手にしていた。

「こんにちは、板谷です。
電話ではお話ししましたが、
初対面ですよね」

そうあいさつされ、
電話注文の男性だと気づいた。

そしてこの時、
なぜ電話だったのかの理由がわかり、
体が一気に熱くなった。

「今はもう、デザインも色も、
誰かに説明をしてもらわないと
わからないけど、
生地や縫製の良さは人一倍わかるんです」

「目が見えていた時から
ネクタイが好きなんです」

そう話す男性は、
両目の視力をほぼ失っていた。

ネクタイの手触り、つけ心地を
気に入って選んでくれていたのだ。

そのことを理解した瞬間、
笏本さんは天井を向いて、
必死に涙をこらえた。

自分たちが信じて続けてきた「ものづくり」。
認めてもらえた喜びがあふれていた。

阪急メンズ大阪を訪ねてきたのは、
大阪府在住の鍼灸(しんきゅう)マッサージ師、
板谷満夫さん(51歳)。

小学4年生の時に、
病気で右目の視力を失った。

そして2016年12月、
左目の網膜剝離(はくり)が判明。

翌年に手術したが回復せず、
現在は左目で
ぼんやり明かりを感じる程度で、
ほぼ何も見えない。

音声ソフトを活用して、
ネットを閲覧していた時、
SHAKUNONEのことを知った。
笏のね
もともと下請けだった会社が、
自社ブランドを立ち上げて
奮闘しているという。

商品のこだわりにも興味を持って、
まずは黒いネクタイを注文。

仕事の得意先は高齢者が多く、
葬儀に出る機会も多かったからだ。

実際に手にしてみると縫製もよく、
結びやすかった。

何より、最後に結び目を引き上げるときに
「キュッ」と音が鳴るところが気に入った。

スーツを着る機会は少ないが、
ワイシャツにネクタイという
スタイルがお気に入りなので、
他の色柄も欲しい。

電話のやりとりだけでなく、
実際に商品を手にしながら
作っている人と話をして選びたい。

そう思って尋ねた。
「次にイベントの予定はありますか?」

笏本さんに会った時に伝えた。

「感覚で信じたものだけを使いたいから
選んでます」

「今日はどうしても
作り手さんに会いたくて来ました」

しばらく無言だった笏本さん。

彼がどんな顔をしていたかはわからないが、
喜んでいることは伝わってきた。

天井を向いて必死に涙をこらえた笏本さん。

板谷さんの好みや用途を詳しく聞いて、
しゃれたペイズリー柄のネクタイを選んだ。

購入して帰って行く後ろ姿を見ながら、
「今の気持ちを忘れちゃいけない」と思った。

後日、会社に戻って仲間に伝えると、
涙を流す職人もいた。

縫製技術に自信はあったけれど、
自分たちのこだわりや良さは、
伝わっているのだろうか。

そんな不安をかき消してくれた出会いだった。

「ネット時代に電話なんて、
相手の時間を奪う無駄な行為だ」

そう言う人もいるが、
効率だけでは判断できない。

それこそネクタイだって、
効率だけを考えたら、
なくていいものかもしれない。

でも、ネクタイづくりも、電話対応も、
自分たちのできる精いっぱいでやり続けよう。

再び、
「自分たちのやってることは
間違いじゃなかった」と
思える日を迎えるために――。

記事はここで終わっているが、
ネクタイ業界は厳しい三重苦が続く。
第一はカジュアル化。
第二はクールビズ。
そして第三はコロナ禍による在宅勤務。

東京ネクタイ協同組合の調査。
「日本におけるネクタイ生産」。

バブル期の1988年の国内生産は4780万本、
輸入を含めると年間5620万本が流通した。

2007年のクールビズのときには、
国産が965万本と1000万本を割り込んだ。

直近の2019年は国産が310万本、
輸入を含めても1730万本。

ピーク時から約70%も減少した。
そのうえにコロナ禍で在宅勤務が増えた。

まさしく三重苦。

しかし、景気が良くなると、
派手なネクタイが流行る。

そしてネクタイはなくならない。

笏本縫製はいま、
ネクタイづくりの技術を生かして、
マスクを製造販売する。
syakunone
技術と知恵で、生き残りをかける。

〈結城義晴〉


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