「いくつまでできるか」「やれるだけやる」
9月最初の土曜日だが、
商人舎オフィスに出て、
月刊商人舎9月号の入稿。
月末と月初めはいつも原稿書き。
月刊誌を編集する仕事だから、
この短期集中の執筆は避けられない。
いくつまでできるか。
わからない。
けれど、やれるだけやる。
そう、思っている。
講演や講義も、
いくつまでできるか。
わからない。
熱を込めて語ることができなくなったら、
止めよう。
けれど、やれるだけやる。
そう、思っている。
その前に、
店を巡ること、
人の話を聞くこと。
現場取材をすること。
考え抜くこと。
閃(ひらめ)くこと。
フローするだけでなく、
ストックすること。
これもいくつまでできるか。
わからない。
けれど、やれるだけやる。
そう、思っている。
日経新聞「大機小機」
「ソニー井深氏が説いた”人的資本”」
ソニーの創業者、井深大(まさる)氏。
1966年6月13日の日本経済新聞。
朝刊1面の「私の意見」。
「私はデュポン社の人から
“当社の5年後の売上げの60%は
いま存在しない商品であろう”と聞かされた」
「井深氏が強調したのは、
一人ひとりが”意思”をもって
独創性を発揮することだ」
「技術開発はつまるところ、
ほんとうの人間づくりであり、
いわば人間開発である」
小売業で言えば、
商品づくりはもとより、
販売技術も店づくりも、
人間づくりであり、
人間開発ということになる。
「人的資本」が、
いまはやりのキーワードだ。
英語にすると、
「Human Capital」
私が説くのは、
ストラテジック・ヒューマンリソースマネジメント。
「次はもっといいんじゃないの」
――新製品が生まれてもすぐに、
新たな目標に向かって進めと、
ハッパをかけたのが井深氏だった。
一時苦しんだソニーの復活をみると、
事業を果敢に入れ替える精神が生きている。
同感だ。
市場では言葉が飛び交っている。
グレートモデレーションの時代は終わり、
グレートボラティリティの時代が来た。
前者は「超安定化」、
後者は「超不安定化」。
先の見えない不安定な時代には、
デュポンの言葉を借りれば、
いま存在しない商品やサービス、
いま存在しない店舗フォーマット、
いま存在しない販売技術などを、
生み出し続ける企業でなければ、
次の時代の担い手とはなれない。
そのために、
「独創性をもって
技術革新を生む意思をもつ人を、
育んでいく組織にできるか」
これにも同感したい。
私の立場で言えば、
いま存在しない考え方や論理、
いま存在しない発想やキーワード、
いま存在しないモノの見方を、
生み出すことができなければ、
やめるしかない。
その覚悟はできている。
朝日新聞「折々のことば」
第2487回。
ボディってのは、
過去だよ。
(田村隆一『言葉なんかおぼえるんじゃなかった』)
詩人は言う。
「教養は、多彩な書物から引用できる
という知識の受け売りではなく、
痛いこと、面白いこと、
要は身に染みたことを”素直に”
次世代に伝えることだ」
「カメラもクルマも、
精密技術はすぐに模倣できても
ボディの設(しつら」えは無理。
“過去から積み重ねた知恵”が
土台となっているから」
過去から積み重ねた知恵をもとに、
痛いこと、面白いこと、
身に染みたことを、
素直に次世代に伝えたい。
いくつまでできるか。
やれるだけやる。
〈結城義晴〉