ジャーナリストの「言葉の技術」
1999年2月の行動手帳から。
□1日、ぺガサスクラブで「SSMだけの平成11年度経営戦略セミナー」。
□2日、船橋のららぽーとへ。前「販売革新」編集長の伊東清さんと待ち合わせて、コウズららぽーと店の視察。本当に久しぶりに、日本初のリージョナルショッピングセンターといわれたららぽーとにやって来て、こんなに狭かったかな、というのが実感。中身は、ずいぶん整理されてきて、私は日本ではダイエーしか挑戦できないフォーマットとして注目しているのですが、モールから入りにくいことが最大の欠点。果たしてこのSCの中で、お客にとってコウズへの転換がよかったのか、ダイエーのレギュラー店へのリニューアルの方が便利だったのか。ドムドムのロースカツハンバーガーは意外にうまかった。
□3日、食品商業3月号の青焼出張校正。
□4日、朝から静岡へ。ワインの輸入・小売りで、前年比150%で飛躍的に業績を伸ばしている㈱やまざき(店名、ヴィノスやまざき)へ。種本祐子さんはじめ、やまざきの人々と1日中語り合い、大いに刺激になりました。とりわけ、フランスワインの買い付けに現地で力を発揮している伊藤奥志男さんとの出会いは重いものになりそうです。その日はとうとう最終の新幹線に間に合わず、静岡泊。
□翌5日は、朝から、食品商業誌の「拡大媒体会議」。
□8日、アイエムシーイノウエの井上富夫さん来社。午後からコンビニ4月号の出張校正。
□9日も同じく、「セブン-イレブンの什器大改革」の巻頭特集から始まる特大号です。ご期待下さい。
□10日、食品商業誌の「70日前編集会議」。午後、ぺガサスビルで、渥美俊一先生インタビュー。バチンコホール業のイノベーションの話は、涙が出るほどおもろかった。夕方、小社、役員会。
□12日、ライフコーポレーシン清水信次会長兼社長の痛快インタビュー。食品商業誌に掲載。
□15日、食品商業誌の特急入稿。翌日から2月ゼミナールが始まるし、2月は28日までしかないし、今月号はいくら時間があっても足りないくらいなのです。
□16日、熱海ニューフジヤホテルでの「67回商業界ゼミナール」オリエンテーションへ。4時半から30分、ガイダンススピーチを。例によって「カゴかきの教訓」の話。
□17日から3日間本ゼミ。今回は925名の参加をみて、内容の濃いゼミナールになりました。原信の原信一社長の講演はメリハリがきいていて、率直で、すばらしいものでした。ダイソーの矢野博丈社長の話もおもしろかったし、うまかった。最終日、ハンディネットワークインターナショナルの春山満社長の講演は胸にせまるものがありました。26才で筋ジストロフィーになって、首から下が動かなくなってしまった「車イス社長」の春山さんのビジネス観は、私に「土農工商」の本質を発見させたのでした。今、春山さんの本を書きたい、という衝動を抑えることができないくらいに、興奮し、感動しています。「スパークル」という倉本初夫主幹が主催する若手経営者の集まりがありますが、6月9日、そのスバークルの会合で眷山満さんの話を聞くチャンスがあります。私も、この集まりに出かけて行って、もう一度、春山さんに会おうと考えています。最終日は、アサヒビール会長の瀬戸雄三さんの講演もあり、充実したゼミナールでした。
□19日、後片づけが終る直前に帰社し、食品商業誌入稿。
□23日午前中、「販売革新」拡大媒体会議。夕方、小社・役員会。午後、東京マーケティングへ。「明日を切りひらく酒販店」は「酒販マーケティング」とタイトルを改めて、再出発します。その打合せ。宮川東一先生の東京マーィングも、権田嵩壽さんが取締役副社長になられて、バワーアップ。ともに頑張りましょう。
□24日夕方、小社役員会。25日、恒例の部長会。午後、本誌出張校正へ。26日も、西日暮里で出張校正。
□ところで、今月はジャーナリズムのあり方について考えさせられることがありました。2月ゼミナールがあると、そんな思いがさらに昇華されて、私の頭の中をかけめぐるのです。例えばカメラマンがまずきちんとした写す技術を身につけて、それから自分の目によって意思を写し出すように、ジャーナリストはペンの技術をまず身につけねばなりません。ペンといわず言葉の技術と考えた方が現代的かもしれません。それができない未熟な段階では、自分が知った情報を正確に表現できないからです。正確に伝える技術を持たない者が、モノを伝えようとすると、その情報はねじ曲がってしまい、ジャーナリズムの意味がなくなります。商売やビジネスも同じです。着想や発想、アイデアだけでは、うまくいきません。それを客に伝える技術こそがまず必要なのです。2月ゼミナールはそのことの重要性を私たちに教えてくれたのでした。
〈結城義晴〉