藤井聡太の叡王戦「二千日手」と「敗勢・劣勢の処し方」
将棋界の八大タイトルの、
一番新しい棋戦。
叡王戦。
藤井聡太六冠がタイトルを保有している。
まだ二十歳。
挑戦者は菅井竜也八段、
岡山県出身の31歳。
振り飛車戦法の最高の使い手。
立会人は森内俊之九段、
第十八世名人資格保持者。
日曜日に岩手県宮古市で行われた。
ありがたい。
藤井のタイトル戦は今、
土日曜に対局があって、
ファンの人たちは喜んでいる。
その5番勝負第4局。
これまでは藤井叡王の2勝1敗。
菅井が良く健闘している。
持ち時間4時間で午前9時から、
菅井の先手で対局が始まった。
スイスイと手順が進んで、
10時51分、千日手が成立した。
互いに最善手を指していって、
どちらも譲らず、同じ手順を繰り返す。
同じ状態が4回現れると「千日手」となる。
そこで11時30分から先手後手を入れ替えて、
指し直しとなった。
この第2局目は接戦で、
逆転に次ぐ逆転。
実に面白い将棋だった。
しかし、午後6時32分、
この対局も116手で千日手となった。
これは将棋界も大騒動。
千日手が二度で、
「二千日手」である。
軽い食事をとって、
午後7時15分から再指し直し対局。
後手となった藤井が、
大胆な妙手を連発。
そして投了。
勝った藤井が深々と頭を下げた。
これで対戦成績は3勝1敗。
藤井がタイトルを防衛して、
六冠を堅持した。
1日中見ていたわけではないが、
要所要所で局面を覗いて、
将棋の醍醐味を楽しんだ。
とくに最後の決め手がすごかった。
「こんな手があるのか?」
解説の阿久津主税(ちから)八段も、
首を振って驚いた。
阿久津も17歳でプロになった天才。
今、40歳。
第3局目は恐れる者なし、といった印象で、
ズバリずばりと切り込んだ。
いいものを見た。
谷川浩司第十七世名人は、
藤井の将棋を評している。
「まず将棋自体が面白い」
「プロが見ても面白んです」
この対局の1五角など、
その面白い手である。
もうひとつの谷川の評。
「負けた対局、負けそうな対局が面白い」
その理由の第一。
藤井は大差で勝つことはあっても、
大差で負けることは滅多にない。
劣勢になっても勝負手を連発して、
決して楽に勝たせることはしない。
優勢なときは、
単純な局面にもっていく方が勝ちやすい。
劣勢のときは、
複雑な局面にもっていくほうが逆転しやすい。
藤井の将棋は、
だから敗勢のときに、
とくに面白い。
店と店の勝負のときにも、
企業と企業の闘いのときにも、
これは必須の定石である。
条件が悪い競争のときには、
複雑な状況にもって行く。
単純な価格勝負をすると、
絶対に負ける。
藤井の将棋は、
そんな勝負の鉄則を教えてくれる。
だから面白いし、勉強になる。
今日の叡王戦第4局。
千日手、
二千日手。
藤井は菅井八段を、
強敵だと認めた。
だから辛抱強く、
千日手を繰り返した。
そしてここぞというときに、
強手を放った。
勝負の機微を知っている。
弱冠二十歳。
敗勢のとき、劣勢のとき、
あなたも私も、
粘り強く、複雑な局面に、
もっていけるだろうか。
えいやっと、
淡泊で単純な戦いをしていないだろうか。
敗勢、劣勢のときこそ、
真価が問われる。
忘れてはならない。
良いものを見た。
感謝しておこう。
〈結城義晴〉