結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2024年06月23日(日曜日)

ノーベル賞/本庶佑の座右「有志竟成」と「80歳のエージシュート」

朝6時50分、横浜・妙蓮寺。
鈴木國朗さんと新谷千里さんが、
迎えに来てくれた。

鈴木さんの車で千葉県・木更津へ。
そこで宮本洋一さんと合流。

三井アウトレットパーク木更津。
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現在、第2位のアウトレットセンター。
年商500億円。

10時開店ながら、
その10時過ぎにはもう車は行列。

雨模様でもアウトレットセンターは、
集客力に陰りを見せない。
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4人でぶらぶらと歩いて勉強。
宮本さんが衝動買いをした。
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ランチは住宅街の中の、
小洒落たイタリアンレストラン。
その後、全員で勉強。

そして夕方、到着した。
ザ・カントリー・クラブ・ジャパン。
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宿泊施設がある。
それぞれ部屋に入って、
少し休憩。

私はゆっくりと風呂に浸かった。
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夕方6時からディナー。
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クラブのシェフが腕を振るって、
フルコースを用意してくれる。

突き出しが旨かったが、
写真を撮るのを忘れた。

それから太刀魚。
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名前の由来は二つ。
金属光沢で平たく細長い体型が、
太刀のようだから「太刀魚」。
あるいは水面の獲物を狙いながら、
垂直に立って泳ぐ習性から「立ち魚」。

どちらもあり。

それからトウモロコシの天ぷら。
美味だった。
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次々に料理が出て、
終わりのほうは牛肉のステーキ。
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炊き込みご飯と赤だし。

そしてデザートはスイカとマンゴー、珈琲。
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宮本社長から突然、
ブルーチップの歴史的事業の報告があって、
全員が盛り上がった。

令和名人会。
明日、行います。
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1989年から続くゴルフ会。
現在のレギュラーメンバー。

よろしくお願いします。

さて日経新聞「私の履歴書」
今月は本庶佑さん。
2018年のノーベル生理学・医学賞受賞者。
京都大学がん免疫総合研究センター長。
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今日はそのハイライト。
第22回「ノーベル賞」

受賞の瞬間は、
この連載の第1回に描かれた。
「幸運な人生」

「2018年10月1日夕、
研究室にある私の部屋で
数人のスタッフと論文の校正作業をしていた。
午後5時ごろだったと思う。
普段、論文校正の最中には
電話を取り次がないようにと言ってあるが、
この時だけは秘書がルールを破って
飛び込んできた」

「先生、でていただかないと困ります」
スウェーデンのカロリンスカ研究所からの電話。
ノーベル生理学・医学賞の選考本部。

「受けますか」との問いかけに、
「もちろん」と答え、そして、
「念のためメールも送ってほしい」と伝えた。

ノーベル賞をとるにはどうすればいいか?

「よくそんな質問をされる。
秘訣やコツなどもちろんない」

「振り返ると、60年に及ぶ研究人生は
幸運に恵まれていた」

京都大学医学部の学生時代に、
基礎医学へと進んだ。
生化学者の早石修氏と西塚泰美氏に師事した。

1970年代の学生運動の影響で研究が滞った。
すると米国へ飛び出した。

カーネギー研究所のブラウン博士は、
生涯の師となった。

米国立衛生研究所のレーダー博士の指導を受けた。

「免疫チェックポイント療法」は、
授賞時に「がん治療に革命をもたらした」と評された。

そのきっかけとなるPD-1分子の発見は、
研究室にやってきたばかりの
若手研究者の熱意から始まった。

当初はがんの画期的な治療につながるとは
思いもしなかった。

「セレンディピティ」である。

DNAの二重らせん構造を発見した。
それによって生物学、生命科学は、
1970年代以降、ドラスチックに進展した。

「かつてブラックボックスだった生命の正体に
遺伝情報から迫れるようになった」

「生化学から分子生物学、免疫学へ」

「思えば、科学者として常に目指してきたのは
『生命の謎解き』だった」

「この未知の世界は新たな知見が得られれば、
また、新たな疑問が生まれてくる。
旺盛な好奇心が満たされることはない」

今日の記事はノーベル賞発表の翌日、
滋子夫人と共に京都大学で記者会見に臨んだ。

「何事も諦めない。とことん極める人。
家での会話でも中途半端に終わらせない。
そういう態度が、この結果に
つながったのかなと思います」

夫人の言葉は常に真実を突いている。

現地のノーベル賞受賞式では、
ノーベル博物館に記念の品を贈った。

それは座右の銘を書した色紙。
「有志竟成」
「ゆうしきょうせい」

「志を曲げることなく堅持していれば、
いつか必ず成し遂げられる」

授賞式には紋付き羽織はかまで出席した。
文学賞の川端康成氏以来の和服姿といわれた。
「洋服では負けてしまうと思ったからだ」

いつも闘争本能を失わない科学者だ。

本庶さんがノーベル賞発表直後の記者会見で、
最後につくづくと語った一言。
「僕が今、一番やりたいことは、
エージシュートです」
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「僕は現在76歳なので、
ゴルフで76を出すのが
最大の目標です」

Age Shootは、自分の年齢以下のスコアで、
18ホールをラウンドしてしまうこと。

この連載の第16回は、
「エージシュート」だった。

「21年7月28日、本命の上賀茂コースで、
念願のエージシュートを達成した」

「この日、出だしはあまり芳しくなかったが
辛抱のゴルフを続け、最終18番ホールを
パー4で乗りきれば、80が出る」

「グリーンまで30ヤードからの第3打。
ピンまで50センチのところにピタリと落ちた」

「この距離を外すことは考えにくいが、
さすがに緊張した」

「軽いフックラインを慎重に入れ、
50年来の夢がかなった」

最後の一言が振るっている。
「ノーベル賞は
天から降ってくるが、
エージシュートは
自ら手繰り寄せるものだ」

一世一代の晴れ舞台で、
エージシュートを宣言して、
自分にプレッシャーをかける。
そうして実現させる。

これが本庶佑の本質だ。

私も宣言しようか。
「エージシュートをやる」

ただし明日ではない。

〈結城義晴〉


2 件のコメント

  • こういう闘争本能は素晴らしいですね。本当の「若さ」と年齢は関係ないのだなと思わせてくれます。

    • その通り。

      本庶佑さんは、
      若いときから、闘争本能の塊みたいな人です。

      見習いたいですね。

      いくつになっても。

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