太宰治「秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル」と「アイスバケツチャレンジ」考
8月26日。
商人舎編集スタッフ鈴木綾子さん。
その息子さんたちは、
明日から小学校の新学期。
東京新聞の巻頭コラム『筆洗』は、
太宰治の言葉を引いた。
「秋は『夏ト同時ニヤッテ来ル』」
(『ア、秋』より)
「秋がこっそり隠れて、
もはや来ているのであるが、
人は、炎熱にだまされて、
それを見破ることが出来ぬ」
今年の立秋は8月7日だったが、
その時点ですでに、
秋がこっそり隠れていた。
子どもたちの夏休みの宿題に関して、
コラムは提案する。
「嫌な仕事を片付ける『魔法』を
一つ教えてあげよう」
その魔法とは。
「やりたくなくても、とにかく四十秒間、
机に向かって宿題に手を付けてみる」
「不思議だが、四十秒がまんすれば、
その後も続けられる。
疲れたら、休んで、また四十秒」
「始めさえすれば、ゴールは
『こっそり隠れてもはや来ている』
ものかもしれない」
原稿やレポート書きのコツでもある。
さて、アイスバケツチャレンジ。
朝日新聞が社説で取り上げた。
「難病支援―氷水かぶりに学びたい」
「マイクロソフトのビル・ゲイツ氏、
サッカー・ブラジル代表のネイマール選手、
ノーベル賞学者の山中伸弥京大教授……。
世界の著名人が、次々に
氷水を頭からかぶっている」
筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対して、
支援を行動で表す慈善活動。
始まったのは今年7月末。
映像は次々にネットで公開された。
そして一挙に地球規模の運動となった。
日本の経営者でも、
トヨタ自動車社長の豊田章男さん、
ソフトバンク社長の孫正義さん、
楽天社長の三木谷浩史さん。
身近な小売業でも、
とりせん社長の前原宏之さん。
どちらかというと、
若さを強調するトップマネジメントが、
続々と参加した。
運動に参加した人は、
次の誰かを3人指名する。
指名された人は、
24時間以内に氷水をかぶるか、
100ドルをALS研究支援に寄付するか。
どちらかを選び、
あるいはどちらもする。
米国ALS協会に集まった寄付金は7020万ドル。
7月末から8月24日までの金額。
前年同期の30倍。
日本ALS協会でも先週だけで1000万円以上。
通常の1年分に匹敵。
Amyotrophic Lateral Sclerosisの略称。
運動ニューロン病の一種で、
筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患。
特徴は、極めて進行が速いこと。
発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡。
それが5割ほどの患者の兆候。
治癒のための有効な治療法は、
いまだ確立されていない。
毛沢東がALSだった。
大リーガーのルー・ゲーリックも。
だからアメリカでは別名「ルー・ゲーリック病」。
1年間に人口10万人当たり1~2人程度が発症。
好発年齢は40代から60代。
男性が女性の約2倍。
日本には推定約9000人が疾患している。
コラムはアイスバケツチャレンジを、
「ユニークで注目に値する啓発法」と評する。
朝日新聞らしい。
アメリカの国務省・国防総省、下院は、
職員・軍人・議員に参加を禁じる通達を出した。
これは特定の慈善活動支援が、
職務倫理規定に反するからだ。
だから朝日の社説は、こう結ぶ。
「官製ではない、民間の寄付文化を
力強く育てていきたい」
「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」。
もてる者が社会のために、
義務を果たし、寄付行為をする。
企業の場合には、
メセナやフィランソロピーにつながる。
個人の場合にも、それはある。
ただし慈善行為は、
対価を求めないもので、
従ってアイスバケツを被ることを、
公開する点が気になるという考え方もある。
賛否両論。
どちらも自分の意思をもってすることは、
間違ってはいない。
アイスバケツチャレンジとそれへの考え方。
あなたや私のそばにも、
「こっそり隠れてもはや来ているが、
人は、炎熱にだまされて、
それを見破ることが出来ぬ」
ただし、7月末に始まって、
瞬く間に世界中に広がったということは、
また、あっという間に、
忘れ去られてしまいがちだ。
それだけは、避けたいものだ。
ALS慈善活動に限らず、
東日本大震災もフクシマ原発も。
〈結城義晴〉