【日曜版・猫の目博物誌 その24】銀杏
猫の目で見る博物誌――。
猫の目は美しいものを見分ける。
おもしろいものもわかる。
そんな目で見る博物誌――。
晩秋に似合うものは、
イチョウ。
漢字表記は「銀杏」
「公孫樹」「鴨脚樹」などとも記される。
イチョウは種子植物の裸子植物。
種子植物は生殖器官として「花」を持つ。
そこで「顕花植物」と呼ばれる。
有性生殖の結果として、
種子を形成する。
その種子植物は二つに分類される。
第一がイチョウなどの裸子植物、
第二が花の咲く被子植物。
裸子植物とは、
種子植物のうちで、
胚珠がむきだしになっているもの。
被子植物は、
生殖器官の花の特殊化が進んで、
胚珠が心皮にくるまれて、
子房の中に収まったもの。
イチョウはその裸子植物門の、
イチョウ綱イチョウ目イチョウ科に属す。
学名はGinkgo biloba。
現存する唯一のイチョウ綱で、
したがって「生きている化石」として、
絶滅危惧1B類に指定されている。
意外なようだが。
イチョウ科の植物は、
中生代から古生代にかけて、
世界中に繁茂していた。
しかし、氷河期にほぼ絶滅した。
ただし一種だけ生きながらえた。
ところは中国。
それは仏教寺院などに植えられ、
さらに日本には薬種として伝来した。
ドイツ人のエンゲルベルト・ケンペル、
『日本誌』の著者で、医師・博物学者。
17世紀に日本の長崎から、
イチョウの種子を持ち帰った。
それが各地の植物園に移植され、
広く栽培されるようになった。
その後18世紀にはドイツをはじめ、
欧州各地で植えられるようになった。
高さ20~30メートルの落葉樹。
葉は扇形。
中央部に浅い裂け目があり、
秋に黄葉する。
イチョウは雌雄異株(しゆういしゅ)。
雌花と雄花を別々の個体につける。
春に、葉の付け根に、尾のような雄花と、
柄のある2個の胚珠をもつ雌花をつける。
4月から5月ごろ受粉し、
新緑から万緑へ。
9月から10月ごろ精子が放出され、
受精が行われる。
受精によって胚珠は成熟を開始し、
11月ごろに種子に熟成する。
果実は丸い。
熟すと外種皮は黄橙色になる。
内種皮は白い皮となって種子を包む。
その種子が「銀杏(ぎんなん)」
日本食には欠かせない食材。
中国が原産。
黄葉時の美しさと剪定に強いことから、
街路樹として全国的に多用されている。
また、イチョウ材は、
油分を含んでいて水はけがよく、
加工性に優れ、ゆがみも出にくい。
カウンターの天板、構造材、
建具、家具などに利用される。
碁盤、将棋盤にも使われる。
1817年、ドイツの詩人ゲーテは、
詩集『銀杏の葉』を出した。
その代表作が、
『銀杏の葉~Gingo Biloba』
これは はるばると東洋から
わたしの庭に移された木の葉です
この葉には 賢者の心をよろこばせる
ふかい意味がふくまれています
これはもともと一枚の葉が
裂かれて二枚になったのでしょうか
それとも二枚の葉が相手を見つけて
一枚になったのでしょうか
こうした問いに答えられる
本当の意味がどうやらわかってきました
わたしの歌を読んであなたは
お気づきになりませんか
わたしも一枚でありながら
あなたとむすばれた二枚の葉であることが
『ゲーテ詩集』より(訳・井上正蔵、旺文社文庫)
銀杏の俳句でおもしろいのは、
夏目漱石。
鐘つけば銀杏散るなり建長寺
実はこの句が、
正岡子規の有名な俳句の下敷きになった。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
銀杏が柿のもとになった。
猫の目にも、おもしろい。
(『猫の目博物誌』〈未刊〉より by yuuki)