日曜版【猫の目博物誌 その43】クチナシ
猫の目で見る博物誌――。
猫の目は季節を読み取る。
6月の父の日。
梅雨の雨。
そして雨に濡れたクチナシ。
いまでは指輪もまわるほど
やせてやつれたおまえのうわさ
くちなしの花の 花のかおりが
旅路のはてまでついてくる
くちなしの白い花
おまえのような花だった
わがままいっては困らせた
子どもみたいなあの日のおまえ
くちなしの雨の 雨の別れが
いまでも心をしめつける
くちなしの白い花
おまえのような花だった
〈作詞:水木かおる 作曲:遠藤実〉
渡哲也の歌。昭和48年発売。
150万枚の大ヒット。
甘い香りのクチナシ。
「梔子、巵子、支子」などと書く。
英語ではgardenia、
フランス語でgardénia、
ドイツ語でGardenie、
イタリア語でもgardenia。
学名はGardenia jasminoides。
アカネ科クチナシ属の常緑低木。
学名の「jasminoides」には、
「ジャスミンのような」の意味がある。
つまりジャスミンのような、
強い芳香があるということ。
「三大香木」と称される。
香りのある樹木。
まず、秋のキンモクセイ。
名前も美しい「金木犀」
それから、春先のジンチョウゲ。
沈香に似た香りの「沈丁花」
そして夏のクチナシ。
主に暖帯や亜熱帯地域に自生する。
日本列島の本州西部、四国、九州、
台湾、中国、インドシナに分布する。
葉は濃緑色で表面に光沢がある。
楕円形で先端が少し尖っている。
梅雨の中盤から終盤に、
一個ずつ、純白の花を咲かせる。
花びらは肉厚。
基本種は花の基部が筒状で、
先が6枚の花びらとなる一重咲き。
時間が過ぎると、徐々に黄変していく。
花が開いた後、
10月から11月ごろ、果実ができる。
そしてそれが熟すと橙色になる。
果実は楕円形で、上部には、
6枚のガクが角のように生えている。
この果実は熟しても、
はじけたり裂けたりしない。
つまり口がない。
そこで「口無し」という説がある。
一方、果実に残るガクが、
鳥の口ばしに見立てると同時に、
果実は「梨」だから、
「口梨」といわれるという説もある。
山吹の花色衣主や誰
問へど答へず
くちなしにして
〈古今和歌集 素性法師〉
山吹色の花の衣(ころも)。
持ち主は誰? と問う。
けれど、答えない。
「口無し」で染めた衣だから。
上等な将棋盤には足がある。
その足はクチナシをかたどっている。
「第三者は勝負に口出し無用」の暗意。
今、藤井聡太には、
だれもが「口無し」である。
そのクチナシの花言葉。
「とても幸せです」
アメリカのダンスパーティでは、
男が女にgardeniaをプレゼントして誘う。
ビリー・ホリデイはしばしば、
gardeniaを髪に飾って、
ステージに立った。
ビリー・ホリデイは花言葉を知っていた。
けれど渡哲也。
小さな幸せ それさえも
捨ててしまった自分の手から
くちなしの花を 花を見るたび
淋しい笑顔がまた浮かぶ
くちなしの白い花
おまえのような花だった
梅雨のクチナシ。
花は平凡だけれど、
香りは甘い。
そこに小さな幸せがあるはずです。
(『猫の目博物誌』〈未刊〉より by yuuki)