日曜版【猫の目博物誌 その51】ボジョレー・ヌーヴォー
久しぶりに猫の目で見る博物誌――。
ネコの目は季節の変化に向かう。
季節の変化を表すものに。
11月中旬の第3木曜日。
ボジョレー・ヌーヴォーが解禁される。
Beaujolais nouveau。
来週の第4木曜日は、
アメリカではサンクスギビングデー、
日本では今年は勤労感謝の日。
それが過ぎると年末。
ボジョレー地区は、
フランス南東部、
リヨンの北に位置する。
ローヌ県の北、
ソーヌ・エ・ロワール県の南。
西のボルドー、東のブルゴーニュ。
そのブルゴーニュ地方の南部に、
隣接する丘陵地帯がボジョレー地区。
この地区には10の村がある。
ブルゴーニュ地方ではないのだから、
厳密にいえば、
ブルゴーニュワインではないけれど、
その一種であるとされる。
このボジョレー地区で、1年のうち、
一番最初に生産される赤ワインが、
ボジョレー・ヌーヴォー。
ヌーヴォーのほかに、
「プリムール」(primeur)ともいうが、
これはフランス語では、
「初めての」「一番目の」の意。
それが「新酒」を示す。
ボジョレーで生産されているのは、
赤ワイン用はガメイ(gamay)種、
白ワインはシャルドネ (chardonnay)種。
赤ワインは黒ぶどうからつくられるが、
その黒ぶどうで有名なのが、
カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、
そしてガメイなど。
黒ぶどうの早生は9月に刈り取られ、
遅い品種は11月に収穫される。
その収穫したばかりのガメイ種から、
フレッシュなワインがつくられる。
しかしぶどうは生鮮食品であるから、
年ごとに出来不出来がある。
だからその年のぶどうの出来栄えを、
チェックしなければならない。
ボジョレー・ヌーヴォーは、
検査の目的でつくられ、
ワイン業者や地元住民に、
楽しまれていた。
そんなボジョレー・ヌーヴォーが、
1967年、フランス政府によって、
公式に11月15日を解禁日として、
発売することが認められた。
その後、解禁日はイベント化され、
大々的にマーケティング戦略が立案さて、
世界的な大ヒットとなった。
最初の解禁日は11月11日だった。
理由はこの地区で、
最も収穫の早いワインが出来あがるのが、
大体この時期であると同時に、
11月11日は、
「サン・マルティヌスの日」だった。
フランク王国の守護聖人。
だから解禁日を11日とした。
しかしその日が
「無名戦士の日」に変更された。
無名戦士と新酒は関係ない。
そこで一番近い別の聖人の日を見つけた。
11月15日の「サン・タルベールの日」。
ただし、この15日が、
年によっては土曜日や日曜日になる。
フランスではまだ、
日曜日にワインショップなどが、
営業しないことが多い。
そこでフランス政府が、
1984年に解決策を考案し、
1985年からヌーヴォー解禁日を、
「毎年11月の第3木曜日」に制定した。
アメリカの祝日制度や、
日本のハッピーマンデー制度と同じ。
ヌーヴォーに関しては、
国際的にヒット商品となってからは、
それぞれの国家の現地時間で、
第3木曜日未明の午前0時に解禁される。
とくに「日出づる国」日本は、
先進国の中で最も早く解禁される。
時差の有利性だ。
そして以前は、日本の税関でも、
毎年11月第3木曜日0時までは、
通関させなかった。
このあたり日本のお役所らしい。
しかし現在は税関の「特別措置」として、
事前に通税して店舗に卸される。
今年、梱包箱に書かれているのは、
「2017年11月16日午前0時以前の
販売および消費厳禁」の文字。
しかしフランスAOC法規制であるから、
日本国内で法的に罰せられることはない。
このボジョレー・ヌーヴォーは、
ただの新酒というだけではない。
醸造方法が異なる。
「マセラシオン・カルボニック」という。
「炭酸ガス浸潤法」。
一般的には、収穫したぶどうを、
まず破砕してから発酵させる。
一方、マセラシオン・カルボニック法は、
縦型の大きなステンレスタンクに、
破砕しないぶどうを、
上からどんどん混入させる。
いたって単純。
結果として、タンクの下の方のぶどうが、
上からの重さでつぶれ、
果汁が流れ出て自然に発酵が始まる。
発酵が始まると、炭酸ガスが生成される。
そして次第にタンク全体に、
炭酸ガスが充満する。
つぶれていないぶどうの細胞内部では、
酵素の働きによってリンゴ酸が分解され、
アルコールが生成される。
同時にアミノ酸、コハク酸などもできる。
ぶどうの皮からも成分が浸出する。
この方法で造ったワインは、
タンニンが少ないわりには色が濃い。
渋みや苦味が少なくなる。
リンゴ酸が分解されて、
味わいはまろやかになる。
発生した炭酸ガスによって、
酸化は防止される。
その結果、全体的に、
ライトでフレッシュな仕上がり。
もっとも「炭酸ガス浸潤法」といっても、
自然発生の炭酸ガスを利用する方法と、
外から炭酸ガスを注入する方法があって、
現在のボジョレー・ヌーヴォーは、
炭酸ガス注入法をつかっている。
赤ワインは常温で飲むとされる。
しかしボジョレー・ヌーヴォーは、
少し冷やしたほうがいい。
通常は冷やしすぎると、
タンニンの渋みが強くなる。
しかし、ボジョレー・ヌーヴォーは、
炭酸ガス浸潤法でタンニンを抑えているので、
その渋みが出ない。
冷蔵庫で1時間くらい冷やして、
料理とともに気軽に楽しむ。
昔々のボジョレー村の人々の気分。
それが感謝祭の直前の気分にぴったり。
サンクスギビングデーの前の、
ボジョレー・ヌーヴォー。
初めのころは新しいワインの、
出来栄えをチェックしたそうですが、
新しいものには、
それなりの良さがあります。
それを楽しめないなんて、
生きている意味がないですよ。
(『猫の目博物誌』〈未刊〉より by yuuki)