「公僕のIntegrity」と「特に企業」の「人材投資と能力開発」
今日も、毎日新聞「余録」
「不幸も独りで来れば、
歓迎される」
ギリシャのことわざ。
「不幸はいつも2人連れ、
3人連れでやって来る――
つまり悪いことは重なるものだという意味」
人生、幸せばかりではない。
不幸なことも起こる。
その不幸を乗り越えることも、
人間を強くする。
しかしそれが2人連れ、3人連れで来ると、
人はそれに耐えられなくて、
だめになってしまうこともある。
中国のことわざ。
「禍いは単(ひと)り行かず」
こちらは「災難は重なる」という意味。
英語では、
「災いはもう一つの災いの
背中に乗ってやって来る」
「余録」にはないけれど日本では、
「二度あることは三度ある」
「洋の東西を問わぬ
人類普遍の“法則”のようである」
「不祥事や失態の団体ツアーが
来訪したような昨今の安倍政権と中央省庁」
「アンチ権力」を旗印にする毎日新聞。
森友・加計、イラク日報問題で、
新たな疑惑が連日発覚する中、
財務省では事務次官のセクハラ疑惑、
厚労省でも幹部が不適切発言やセクハラ。
「タガが外れたような役人の行状」
「この災いの群発をもたらしたのは誰なのか。
役人に忠誠や忖度ばかりを強い、
その誇りや良心という国の宝を破壊したは
誰かを考えてみたらよかろう」
私の言葉でいえば、
「心の力×頭の力×技の力」
頭の力・技の力が100点満点でも、
心の力がマイナス100点となると、
人間としての力は、
マイナス100万点となる。
ああ。
朝日新聞「折々のことば」
第1079回。
暮らしを
犠牲にしてまで守る、
戦うものは
なんにもなかった。
〈「暮らしの手帖」創刊者・花森安治〉
「戦争が終わってすぐ町に並んだのは露店、
まっ先に眼についたのがフライパンの山。
軍用資材の残りで作ったそれが、
朝日を浴び光っていた」
「何より大事なのは台所だ、暮らしだ。
これだけは侵してはならないと確信した」
「これからはもう寝間着に着替えて眠れる」
2016年4月、NHK《連続テレビ小説》は、
西田征史脚本の『とと姉ちゃん』だった。
花森安治と大橋鎭子(しずこ)を描いた物語。
国民の暮らしが何よりも大切だ。
官僚や役人はその国民の暮らしを守る。
それが「公僕」という言葉の本当の意味だ。
私が使う言葉でいえば、
「Integrity」
ピーター・ドラッカー先生も、
上田惇生先生も強調する。
その意味では小売業、流通業、
サービス業も消費産業も、
「国民の暮らし」を支える公僕と同じだ。
Integrityをもとにした産業だ。
人間の、
人間による、
人間のための産業。
日経ビジネス「今日の名言」
日本のこれまでの
繁栄の礎とも言える
人材開発力を、
特に企業が早急に
取り戻す必要がある。
〈ビル・エモット〉
「エコノミスト」誌の元編集長。
「人材投資こそが、
新たなイノベーションを生み出すことは
日本の過去の歴史を見れば明らかだ。
優秀な学生が労働市場に参加した後も、
継続して能力を高めていく。
地味だが愚直な施策を続けることが、
日本経済の今後の発展の基礎となる」
「特に、企業が」とビル・エモットは言う。
全く同感だ。
かつて農林水産省の委員をしていた時、
私は農水という役所全体に、
「マーケティング・マインド」を求めた。
それがわたしの提案だった。
しかし、今も思う。
「特に企業」が、
「人材投資」をし、
「能力開発」を進めねばならぬ。
その基本にはIntegrityが必須だ。
「儲けのアイデアや技術」は、
ほんとうの人材投資ではない。
日経電子版「経営者ブログ」
日本のインターネットの草分け、
鈴木幸一さん。
「入社した後の私はといえば、
生活費を得るためといった考えとは
正反対のような生活、
当時の言葉で括(くく)ると
ワーカホリックの仲間入りをして、
深夜労働を重ねたものだった」
これは公僕に近いマインド。
「そういえば、シューベルトは
目覚めたとき、いつでも書けるように
メガネを外して眠ることはなかった
と言われている」
シューベルトは、
音楽という芸術に対する、
公僕だったのだ。
〈結城義晴〉