伊藤忠・丹羽宇一郎「ドル妖怪世界徘徊説」[日本食糧新聞講演採録]
2008年7月18日。
東京・パレスホテル。
日本食糧新聞1万号・創刊65周年記念
感謝の集いが開催された。
日本の食品産業のトップが、
ほとんどすべて参集するというすごい会合。
日本食糧新聞社長の今野正義さんのご挨拶。
「昭和18年創刊で、紙齢10000号を数えます。
私たちは世論紙、指針紙、擁護誌を旗印にやってきました。
いま、紙の新聞がネットで見られるし、
携帯電話でも読むことができる。
多機能サービスの提供を図りつつ、
食の総合メディア機能を果たしたい」
その後パーティでは、そうそうたる顔触れによる鏡割り。
この式典とパーティに先立って、
伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎さんの記念講演があった。
丹羽さんは、国際連合世界食糧計画WFP協会会長。
この講演が素晴らしかったので、私のメモから採録。
タイトルは「食資源と環境――明日へのシナリオ」
[現状分析]
現在、穀物相場も小康状態を保ちつつあります。
小麦を中心に、やや安定してくる。
昨年から、世界中の人々の不安を呼び起こしたが、
今年はそれほどではない。
人類生存の三大要素は、
食と水とエネルギーです。
振り返ってみると、
20世紀は石油の100年でした。
21世紀は水の100年といえます。
農業や食資源にかかわる水の時代です。
この間の、サイレント津波は、世界のトップリーダーに、
温暖化よりも食と水が大事ということを認知させた。
食と水に対する危機感が、相当に刻まれた。
もちろん、石油も大切です。
しかし20世紀は
ドルと石油にどっぷりとつけられた時代だった。
大規模農業の穀物生産は、
すべてが石油ベースとなっている。
大量生産農業は、すべての科学や技術の結集です。
気象学、種子学、インフラ、倉庫・港・道路。
だから農業は本来、全産業の成長と歩調を合わせて進んでいく。
商社もかつて、ブラジルなどの土地を賃借して、
大規模農業をやろうとした。
しかしすべて失敗した。
私は「お天道様と勝負するな」と言った。
農業とは、食とは、そういうものです。
食料資源の問題に関しては、
10年前、ローマクラブから、
たんぱく質が足りなくなるという指摘があった。
ローマクラブが、10年後12~13ドルという指摘をしたが、
当時は、「何を考えているのか」という見方が強かった。
しかし、10年遅れでやってきた。
大豆がブッシェッル16ドルまで上がった。
間違いではないか?と思われたが、
考えて見れば、まとめて上がったというだけのこと。
ローマクラブの指摘は正しかった。
かつて石油は100年で40ドル上がった。
1年ごとに75セント上がるという計算だった。
しかし4年間で100ドル上がった。
かつてのテンポからすると、
4年で250年分上がったことになる。
大きな価格の流れは合理的な要因で上がるはずです。
食料資源の高騰の背景に、何があるのか。
ベースになるのは需給関係の逼迫という問題。
牛肉1キロ作るのに8キロの穀物が必要。
これもある。
中国も大豆を買う。
中国は、米、トウモロコシ、小麦は買わない。
しかし大豆は輸入する。
食物油が足りないから。
ここに、静かな地殻変動が起こっている。
あらゆる資産がアジアに動いてきている。
21世紀は着実にアジアの時代です。
アジアの人口は増える。
アジアを中心に動く。
鉄鋼の生産は、中国の動向に世界が動かされている。
それにインドやインドネシアがつづく。
需給の急速な拡大が起こっているのです。
ただし、50年かけて動くのならばいいが、
あまりにも急速です。
だから世の中に変調が起こっている。
地球に対する負荷がかかりすぎている。
これには、1990年代のグローバリゼーションが影響を及ぼした。
中国もあちこちで暴動が起こっている。
急速な変化にどう対処するか。
それが問題です。
[ドルという妖怪が世界を徘徊している]
食料資源高騰の本当の理由は、ドル漬けにあります。
1992年、WTOで、アメリカは
「国益を損なうことは一切しない」と発言しました。
かつて、『空想から科学へ』という本の中で、
エンゲルスは言いました。
「共産主義という妖怪が世界を闊歩している」
しかしいま、
「ドルという妖怪が世界を徘徊している」
10年前の世界のGDPは30兆ドルでした。
日本は5兆ドルで、16%を占めていた。
アメリカは28% でした。
この2国で50%近くを寡占していた。
GDPは、実体経済ですが、
これに対して貨幣経済がある。
それが10年前は60兆ドル。
現在、世界の実体経済は50兆ドルで、
貨幣経済は、なんと150兆ドル。
(厳密には178兆ドルという統計もある)
実体経済と貨幣経済には、100兆ドルの乖離がある。
10年前も30兆ドルかけ離れていた。
しかし今は100兆ドルの妖怪貨幣が動き回っている。
すなわち30兆ドルだった妖怪が100兆ドルに膨れた。
3.3倍になった。
このドルはどこへいったか。
サブプライムです。
小さなリスクで大きな利益を得ようとした。
だから詐欺にあった。
大きなリスクで大きな利益、
あるいは中くらいのリスクで中の利益が当たり前です。
サブプライム問題は慾深い連中が、
小さなリスクで大きな利益と、欲を搔いたことで起こった。
サブプライムを格付け機関が格付けした。
いま、壮大なる国際的詐欺事件といってよい。
すなわち、ドルはこの10年で、100年分くらい増えた。
そのドルが徘徊している。
貨幣経済の膨張とは、三つの膨張を言う。
第一は、株式時価総額。
これは、この10年高騰し、現在40%を占める。
簡単に言えば、株価が上がったということ。
誰が得たか、それは欧米金融機関。
日本の失われた10年とは、
株式時価総額で得る利益を、日本が得られなかったということ。
だから日本はドル漬けではない。
良かったのだと思う。
サブプライムに多大の被害を受けていないことが。
第二が、債券発行残高。
現在これが、100兆ドルのうちの40%を占める。
そして第三が、預貯金高で、20%を占める。
しかし100兆ドルの妖怪のような体重は、
アメリカ一国では大きすぎるし、重すぎる。
だからもしかしたら、ドルが暴落するかもしれない。
そうなると世界経済が暴落する。
公的資金の注入が必要となるかもしれない。
そうしなければ助からない。
すなわち余剰のドルを減らす。
妖怪の体重を減らす。
それには、時間をかけて、少しずつ。
日本は、妖怪体重に参加していない。
私は、言いたい。
「妖怪で太った人たちが損をしなさい」
ドルの妖怪は今も存在している。
そのひとつが穀物、エネルギーにきた。
穀物は株式市場の5%、5兆ドルにすぎない。
その株式時価総額40兆ドル。
だからちょっと株式市場から金が流れたら高騰する。
上海、中国にもドルの妖怪が侵入した。
結論として、ドルの妖怪の体重が急速に増えたことが大きな理由。
それを時間をかけてゆっくりと解決しなければならない。
[Water is a new oil.]
穀物の高騰の理由は、
このドル漬けと石油漬けです。
50年間で人口は、2.4倍となった。
地球が耐えられる生存可能な人口は80億人から100億人か。
問題は人口増加のスピードです。
急速に増え続けたことです。
経済は安定した成長を続けねば、壊れる。
地球の環境が一定であれば
土地を増やすしかない。
緑の革命で 単位収穫量が増えた。
第2の緑の革命といわれる遺伝子組み換えで、
どれだけ増やすかしかない。
農業は英知を集めて、第3の緑の革命を果たさねばならない。
日本は、英知を集めて米の革命をする。
そのために単位収穫量革命に世界が投資していく必要がある。
そこで重要なのが、
Water is a new oil.
水は、Blue gold。
水は新しい金。
世界の水は14億立方キロリットルあります。
しかしその13%しか使っていない。
ほとんどが海水だからです。
海水を真水にするのに1トン当たり100円かかります。
これからは世界経済の成長が水によって左右される。
日本は一年間に840億トンの水を使います。
琵琶湖の2.5倍。
一方、食糧輸入量を換算すると海外で日本のために、
640億トンの水を使っています。
世界の都市化率は現在、50%。
50年前は30%で、100年前15%でした。
先進国は75%が、都市に人口がすんでいる。
大部分の都市で水がなくなる。
しかし、日本人には水に対する危機感がない。
農業において、
この水を守る最もよい方法は水田です。
だからコメの消費を増やして、水田を増やす。
米のパン、米のラーメン、米のうどんをつくって、食べる。
地産治水。
Water is a new oil.
これが締めくくりの言葉となります。
示唆に富んだ講演だった。
考えさせられることが多かった。
もちろん多分に、
総合商社のトップとしての経験や発言もあったが。
いい会だった。
最後に日本食糧新聞の今野正義社長と固い握手。
今野さんも商人舎発起人で、商人舎ファミリーのお一人です。
ありがとうございます。
<結城義晴>