【日曜版・猫の目博物誌 その1】カモメ
猫の目は、
暗いところでも、ものを見る。
全体視野は280度で、
斜め後ろも見える。
両眼視野は130度で、
距離感を正確につかむ。
そんな目で見る博物誌――。
アメリカ合衆国カリフォルニア州。
サンフランシスコ市の観光地が、
フィッシャーマンズワーフ。
サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ島。
面積7万6000㎡の小島。
初めは灯台、それから軍事要塞、軍事監獄。
1963年まで連邦刑務所。
「ザ・ロック」あるいは「監獄島」と呼ばれた。
海鳥の生息地に夕焼けが映える。
岸壁にカモメが一羽。
カモメが二羽。
「Danger」だよ。
飛ぶか?
かもめのジョナサンよ!
学名はLarus canus。
動物界脊索動物門鳥綱、
そしてチドリ目カモメ科カモメ属。
漢字で「鴎」、
英語でgull。
ロシア語でчайка。
英語のgullという言葉、
名詞は「だまされやすい人、まぬけ」、
動詞は「だます」の意味がある。
カモメはCommon gull、Mew gull、
あるいはSea gullともいう。
リチャード・バック『かもめのジョナサン』は
Jonathan Livingston Seagull。
つまり三番目のSea gull。
「カモメのみなさん」は、
食うために飛んだ。
しかし「かもめのジョナサン」は、
飛ぶことそのものに価値を見つける。
そして仲間から外れていく。
一方、ロシア語のЧайка「チャイカ」
アントン・チェーホフの戯曲『かもめ』
シェークスピアと並ぶ世界の劇作家、
その代表作。
第四幕で、若き女優ニーナが、
劇作家トレープレフに語る。
どうして、わたしの歩いた地面に
口づけをした、なんてことを言うの?
わたしなんか、殺されても仕方ないのよ。
(テーブルにもたれかかる)
疲れた! 休みたい…
休めたらいいのに!
(頭を上げる)
わたしはカモメ…。
そうじゃない、わたしは女優、
そういうこと!
1963年、人類史上、
初めて宇宙を飛んだ女性は、
ソ連のヴァレンチナ・テレシコワさん。
宇宙船ヴォストーク6号から、
第一声を発した。
「Я Чайка」
「わたしはカモメ。」
~なんてことを、
この観光地のカモメは考えない。
メキシコ人観光客の差し出すアイスクリームを
口ばしで素早く掠め取って、
飛び去って行った。
ああ、こいつも、
ジョナサンではなかった。
カモメの食性は雑食。
主に魚類、動物の死骸などを食べる。
観光客のアイスクリームも。
ゴールデンゲートブリッジに夕日が沈む。
飛ぶこと、生きること、
それらに意義を見出すこと。
猫の目は、それを見ている。
〈『猫の目博物誌』(未刊)より by yuuki〉