【日曜版・猫の目博物誌 その13】蝉
猫の目で見る博物誌――。
猫の目の全体視野は280度。
斜め後ろも見える。
両眼視野は130度。
そんな目で見る博物誌――。
夏の虫は、蝉。
英語でCicada、
フランス語はCigale。
オリンピックが開かれているブラジル、
その言葉のポルトガル語ではCigarra。
隣のアルゼンチンのスペイン語でもCigarra。
おんなじなんですね。
セミは、カメムシ目・頸吻亜目・セミ上科。
学名Cicadoidea。
蝉は飛ぶ。
蝉は鳴く。
蝉は変態する。
蝉は7年地中で暮らし、
7日だけ地上で生きる。
これは正しいのか。
セミの成虫の体。
頑丈な脚、長い口吻、発達した羽(翅、はね)。
触角は短い毛髪状。
前翅の前縁・後縁と
後翅の前縁・後縁の4枚の翅がある。
前翅が大きい。
飛ぶときには、
前後の翅を連結させて、羽ばたく。
ばたばたと羽音を立て、
かなりのスピードで飛ぶ。
鳴くのは雄。
雄の成虫の腹腔内には、
音を出す発音筋と発音膜、
音を大きくする共鳴室、
さらに腹弁。
つまり発音器官が発達している。
発音筋は1秒間に2万回振動する。
共鳴室は気管が拡大して生じた。
腹部の大きな空間を共鳴室が占めて、
それが蝉の大きな声となる。
雄が鳴いて、雌を呼び寄せる。
また、外敵に捕らえられたときにも、
大きな声で鳴く。
雌の成虫の腹腔内は、
大きな卵巣で満たされている。
尾部には硬い産卵管が発達している。
雄蝉は鳴いて、雌蝉を呼び寄せ、
雌蝉は卵を産む機能を発達させた。
種の存続のためだ。
鳴き声、鳴く時間帯。
種類によって異なる。
クマゼミとミンミンゼミは午前中に鳴く。
アブラゼミとツクツクボウシは午後に鳴く。
ヒグラシは朝夕に鳴く。
ニイニイゼミは早朝から夕暮れまで鳴く。
したがって、昼の暑い時間帯には、
あまり鳴かない。
蝉は変態する。
しかし不完全変態だ。
卵⇒(孵化)⇒幼虫⇒成虫。
完全変態は、
チョウ、ハチ、カブトムシなど。
卵⇒(孵化)⇒幼虫⇒(蛹化)⇒蛹(さなぎ)⇒成虫。
交尾が終わった雌蝉は、
枯れ木に尾部の産卵管をさし込んで産卵する。
その卵の多くは、
翌年の梅雨の頃に孵化する。
孵化したばかりの幼虫は、
薄い皮をかぶった半透明の白色。
目も機能していない。
幼虫は何度も脱皮する。
最初の脱皮のあと、
幼虫は土の中にもぐりこむ。
長い地下生活に入る。
幼虫は太く鎌状に発達した前脚で
木の根に沿って穴を掘り、
長い口吻を木の根にさしこみ、
道管より樹液を吸って成長する。
長い地下生活のうちに数回、脱皮する。
初期の幼虫は全身が白いが、
終齢の幼虫は体が褐色になる。
大きな白い複眼もできる。
さらに羽化を控えた幼虫は、
皮下に成虫の体ができあがっている。
そして白い複眼が、成虫と同じ色になる。
そして終齢幼虫は、
地表近くまで、竪穴を掘って、
なんと地上の様子を窺う。
目が黒くなった終齢幼虫は、
地上に出て、樹などに登っていく。
この蝉の幼虫の地下生活期間は、
3~17年。
アブラゼミは6年ほど。
蝉の成虫期間は、
7日間の1週間と言われるが、
これは「俗説」。
自然界では1カ月ともみられている。
「蝉の短命」などといわれるが、
昆虫類でも長寿のほうだ。
蝉には誤解が多い。
蝉の終齢幼虫は、
夕方、地上に現れて、
日没後に羽化を始める。
そして夜の間に羽を伸ばし、
朝までには飛翔できる状態にする。
羽化である。
木の幹や葉の上、裏側に、
まず爪を立てる。
そのあと、背中が割れて、
白い成虫が生まれる。
白い成虫は翌朝には、
外骨格が固まり、体色がついて、
蝉の体になる。
閑さや岩にしみ入る蝉の声
松尾芭蕉『奥の細道』の句。
元禄2年5月27日(1689年7月13日)、
出羽国の立石寺で詠まれた。
ところが1926 年、
斎藤茂吉がこの句の蝉を、
アブラゼミであると発表。
雑誌『改造』に書いた。
これが発端となって、
文学論争が起こる。
1年後に、岩波書店店主の岩波茂雄が、
茂吉、安倍能成、小宮豊隆、中勘助など、
文人を集めて、議論の場を設けた。
茂吉はアブラゼミと主張。
小宮はニイニイゼミと反論。
「閑さ」「岩にしみ入る」という言葉は、
アブラゼミに合わない。
これは文学的な見解。
妥当な線だろう。
さらに芭蕉が詠んだ元禄2年5月末は、
新暦にすると7月上旬となるが、
アブラゼミは7月には鳴いていない。
これが科学的な見解。
議論は決着がつかず、持越し。
しかし1932年、茂吉自身が、
実地調査などして、誤りを認めた。
結論は、芭蕉の「蝉の声」は、
ニイニイゼミとなった。
じつに、おもしろい。
しかし蝉は誤解の多い虫だ。
最後に「蛻変」。
「ぜいへん」と読む。
籐芳誠一明治大学元教授が説くのが、
「蛻変の経営」
小売り流通業では、
㈱カスミ会長の小濵裕正さんの持論。
蝉の卵が幼虫になり、蛹になり、
羽化して成虫になっていく。
企業という「社会的生物」も、
変化する環境の中で、
意識的に「蛻変」を行わなければならない。
すなわち企業は、
自己変革を遂げねばならない。
誤解の多い蝉も、
経営には「蛻変」によって貢献している。
不完全変態ではあるけれど。
〈『猫の目博物誌』(未刊)より by yuuki〉