日経社説の「百貨店生き残り」と糸井重里の「デパートの賑わい」
WBC、侍ジャパン、
無傷の4連勝。
日曜日のオランダ戦は、
4時間42分のすごいゲームだった。
大谷翔平もダルビッシュも、
マー君もマエケンも出ないけれど、
日本プロ野球の実力を感じさせてくれる。
その日曜の横浜三ッ沢公園球技場。
サッカーの三浦知良、
50歳の誕生日。
同時にカズが属するJ2横浜FCの開幕戦。
このゲームでJリーグ史上初の、
50歳での得点。
カズという選手そのものは、
私の好みではないけれど、
この偉業は称えたい。
さらに稀勢の里も、
横綱相撲で2連勝。
春のスポーツ、
わくわくさせてくれる。
さて今日は、午前中に、
横浜商人舎オフィスに来客。
㈱イシダのみなさん。
右から営業企画部長の笠井剛さん、
流通・物流商品企画課長の大治昌樹さん、
商品企画部長の浦澤英樹さん。
その後、新横浜から、
新幹線ひかり。
すぐに丹沢山系が見えてくる。
しかし、曇り空。
だから富士の姿は見えない。
岐阜羽島を過ぎると、
ソーラーアーク。
かつて三洋電機、いまパナソニック。
2002年建設の太陽光発電施設。
長さ315メートル。
太陽光パネル5046枚。
そして伊吹山。
雪をかぶって、まだまだ冬山。
米原に着いて、湖西線に乗り換え、
彦根へ。
駅前には、
平和堂アルプラザ彦根。
地方都市の百貨店機能を果たす。
駅前広場の、井伊直政像。
彦根縁起の碑。
平安時代中期にこの地に、
金の亀に乗った一寸八分の観音があった。
そこで金亀山と呼ばれ、
そこに彦根城が建てられた。
定宿のホテルに落ち着いたら、
窓から彦根城。
いつも美しい黒城。
19時に待ち合わせて、
柊家はなれ。
平和堂のみなさんと懇親。
このタンとロース。
今日は特製料理を用意してくれた。
まず、もやしをリング状に炒める。
その中に極上のタン。
5切れをしっかり焼く。
タン焼きをもやしの上にのせて、
今度は真ん中でフォアグラを、
ちょっとだけ焼く。
そしてタンの上に塩を振って、
その上にフォアグラをのせて、
いただく。
絶品。
最後はごはん。
そして締めは鯛の刺身と、
鯛茶漬け。
これも絶品。
カロリーや中性脂肪など、
すっかり忘れて堪能した。
スーパーバイザーの川村慎也さんと握手。
そして平和堂のみなさんと写真。
左から京阪大型営業部長の佐々木裕さん、
教育人事部長の本持真二さん、
東海営業部長の冨岡勇夫さん。
大満足。
さて日経新聞の『社説』
「百貨店は
生き残りに向けて
構造改革を」
三越伊勢丹ホールディングスの、
社長交代に関連した、
構造改革の提案記事。
「大西洋社長が、
業績不振の責任を取って
退くことになった」
Daily商人舎では、
三越伊勢丹ニュース|
杉江俊彦新社長体制と組織改正を発表。
百貨店業界の売上高は、
1991年の最盛期には9兆円台だった。
それが5兆円台まで縮んだ。
「流行のファッションや
海外などのライフスタイルを
いち早く提案し、
感度の高い客を引きつける」
それが百貨店の強みだった。
しかしその強みは、
急速に薄れている。
日経社説が指摘する理由は二つ。
⑴郊外ショッピングモールが増えたこと。
⑵ネットショッピングが増えたこと。
そこで大西社長は、
「百貨店の原点」に戻る政策を出した。
第1に、都心の基幹店で、
最先端の流行情報を発信した。
第2に、他店との同質化を避けるため、
独自商品を開発した。
しかし、それは、
実を結ばなかった。
「従来型の百貨店の理想像」を追うことの、
難しさが示された。
そして社説が強調する、
もっとも肝心なこと。
「消費者にとって価値のある
店や企業を目指すことだ」
身も蓋もないけれど、
これは真理だ。
そこで百貨店への戒め。
①百貨店にはこれまで、
客より納入業者に目を向けがちな
空気はなかったか。
②ユニクロやニトリの台頭で、
消費者が支払ってもいいと考える
価格の水準はぐっと下がった。
「百貨店の価格設定は
これまで通りでいいのか」
③「仕入れや価格の見直しには
構造改革が不可欠となる」
④「自社で対応できなければ、
魅力のある専門店チェーンに
フロアごと入居してもらう」
つまり「貸しビル化に活路を求める」
これならば顧客には喜ばれ、
人件費負担も減る。
ただし「百貨店らしさ」は減る。
「小売業界は、最後は、
消費者に支持される店だけが生き残る」
そこで、「自社が提供すべき価値は何か」
社説は最後に言う。
「厳しく問い直してほしい」
果たしてこの社説の提言で、
百貨店は蘇るか。
糸井重里の「ほぼ日」
ちょっと古いけれど、
今年1月27日の巻頭言。
「かつてデパートの広告を
つくっていたからなのか、
いまでも、デパートのことをよく考える」
糸井は、かつて、
西武百貨店のコピーライターだった。
しかし現在は、
「デパートのことを考えるのだけれど、
いつのまにかデパートに
行かなくなった」
「新宿のあのデパートには、
たまに、なにかの催事で行く。
銀座のふたつのデパートの
地下食品売り場には行く。
東京駅に隣接しているデパートも、
弁当のために行く。
いちばん縁のあった
渋谷や池袋のデパートには、
ほんとうに残念ながら、ほぼ、
いや、ぜんぜん行かない」
「デパートはたのしかったなぁとか、
デパートはにぎわっていたなぁとか、
昔のことみたいに語るのは
失礼かもしれないし、
ずいぶん薄情なことですなとか
言われそうだけれど、
現実に、デパートの
広々して豊かなにぎわいとか、
老若男女がうれしそうに
集っていた感じは、
いまは、どう見ても、ありゃしない」
糸井は、
日経とは違う視点を示してくれる。
「地価の高い一等地に、
あれだけの広さがあって、
それに見合うだけの
売上げやら利益をあてにされたら、
『じぶんだったら、なにをすると思う?』
というような、余計なことを、
ぼくはよく考える。
そうすると、たいていは、
同じような結論になる」
⑴「人のにぎわいを取り戻そうとすること」
⑵「大きな売上げをあてにされること」
⇒「両方はむつかしい」
そして結論らしきもの。
「それぞれのデパートのある
『あの場所』を、使えたらいいのになぁ
と思っている人は、たくさんいる」
「いま、実は『場所』が
足りてない時代だと、ぼくは思う」
「そこらへんに、
デパートが乗り出したらなぁ」
最後にヒント。
「劇場も展示場も広場も教室も、
だいたい場所が足りてない」
つまり、売上げは小さくとも、
劇場、展示場、広場、教室などで、
人の賑わいをつくる。
そして「デパート」らしさをつくる。
糸井は徹底して、
「デパート」という言葉を使う。
「百貨店」とは絶対に言わない。
それが糸井の「おいしい生活」提案。
日経新聞社説の提言と、
「ほぼ日」糸井重里の提案。
どう考えるか。
アルプラザ彦根に関しては、
「あの場所」で、
楽しさをつくること。
人の賑わいをつくること。
それは私も同感だ。
〈結城義晴〉