日曜版【猫の目博物誌 その48】鰯雲・鱗雲
猫の目で見る博物誌――。
猫の目は、季節を先取りする。
立秋を過ぎて、ふと、窓辺で空を見る。
そこに鰯雲など見つけたりする。
鰯雲は「いわしぐも」。
鰯の群のように見えるから、
あるいはこの雲が出ると、
鰯が大漁になるから。
鱗雲(うろこ雲)ともいうし、
鯖雲(さばぐも)などとも呼ばれる。
魚の鱗のように見えるからだし、
鯖の背の斑紋のように見えるから。
それでも、「鰯雲」がいい。
鰯雲日和いよいよ定まりぬ
〈高浜虚子〉
専門用語では「巻積雲」、
「けんせきうん」。
学術名はcirrocumulus(シーロキュムラス)、
もちろんラテン語。
巻雲「けんうん」(cirrus、シーロス)と、
積雲「せきうん」(cumulus、キュムラス)、
それを合成したもの。
巻雲はすじ雲、積雲はちぎれ雲。
巻積雲の略号は「Cc」。
巻雲は「Ci」、積雲は「Cu」。
「絹積雲」とも書いて、
こちらも「けんせきうん」と発音する。
雲は、
大気中にかたまって浮かぶ、
水滴または氷晶のこと。
英語で、cloud。
その雲のなかで、
白色の非常に小さな雲片が、
多数の群れをなすもの。
魚の鱗や水面の波のような形状ができる。
それが巻積雲。
雲には分類がある。
雲形(うんけい)という。
雲をその形状によって分類したもの。
世界気象機関が、
「国際雲図帳」を発行している。
そしてこの雲図帳では雲を、
その形から10の「類」に分類している。
これを十種雲形(十種雲級)と呼ぶ。
その10種類も大きく4分類される。
第1が「上層雲」、
第2が「中層雲」、
第3が「下層雲」、
そして第4が「対流雲」。
読んで字のごとし。
巻積雲は第1の上層雲。
巻雲は上層雲、積雲は対流雲。
巻積雲の雲形は、
高積雲(こうせきうん)とよく似ている。
高積雲の略号は「Ac」。
小さな塊状の雲片が群れをなして、
斑状や帯状の形をつくる。
白色で一部灰色の陰影をもつ。
「まだら雲」、「ひつじ雲」、「むら雲」など、
これも多彩な呼び名がある。
巻積雲と高積雲の判別の仕方。
第1に、雲のできる高さの違い。
巻積雲は上層雲で、
高積雲は「高」の字がついているのに、
「中層雲」。
だから鰯雲が高い所にでき、
鱗雲はそれよりもちょっと低い。
第2に一つ一つの雲の大きさは、
巻積雲の方が小さい。
鰯の方が羊よりも小さい。
第3に雲の厚さ、薄さは、
巻積雲の方が薄い。
だから太陽の光が透けるし、
鰯雲には影ができない。
ひつじ雲には影がある。
熱帯低気圧が接近するときには、
まず巻雲(すじ雲)が現れる。
その次に、巻積雲(鰯雲)が出てくる。
この2つの雲が順番に現れると、
天候の悪化が近づいていると判断できる。
地球上の低緯度から高緯度まで、
広い地域で、ほぼ1年中見られる。
日本では、
台風や移動性低気圧が多く近づく、
晩夏や秋に特に多く見られる。
だから、鰯雲、鱗雲、鯖雲は、
いずれも秋の季語である。
鰯雲ひとに告ぐべきことならず
〈加藤楸邨〉
鰯雲こゝろの波の末消えて
〈水原秋櫻子〉
秋がやってくる。
夏がゆくと、秋になります。
猫はその夏から秋への変わり目が、
好きです。
どんなものも、
変わろうとするときに、
魅力が出るのだと思います。
(『猫の目博物誌』〈未刊〉より by yuuki)