[日曜版]フォアボールのときイチローは静かにバットを置く。
今週はイチローに尽きる。
いつの間にか始まっていたのが、
選抜高校野球大会。
いわゆる「センバツ」。
昨日の土曜日から始まって、
今日はもう1回戦で横浜高校が負けた。
悪いけれどあまり興味はわかない。
しかし、鈴木一朗も、
1991年にセンバツに出ている。
愛知工業大学名電高校の3年の春。
四番でエースの抜群の力量だった。
しかし1回戦の長野県の松商学園戦を、
2対3のスコアで敗退。
鈴木自身の打撃も5打数ノーヒット。
松商学園は準優勝しているから、
タラレバの話だが、ここで勝てば、
いいところまで行ったかもしれない。
しかしイチローは、
甲子園ではツキを使わなかった。
鈴木一朗はこの年のドラフト会議で、
オリックスブルーウェーブから、
4位で指名されて、
プロの世界に足を踏み入れる。
18歳だった。
イチローのことだから、
今回の引退試合がセンバツと重なって、
高校球児の晴れ舞台が、
目立たなくなってしまうのを、
気にかけていると思う。
しかしプロに入ってからの、
イチローの実績がすごい。
記録を辿ってみよう。
1992年と93年は、
自身語っているように、
一軍と二軍を行ったり来たり。
しかし1994年に21歳で、
レギュラーに定着すると、
打率3割8分5厘、210安打。
日本記録をつくってしまった。
以降、1995年は3割4分2厘で179安打、
1996年、3割5分6厘、193安打、
1997年、3割4分5厘、185安打。
1998年、3割5分8厘、181安打。
1999年、3割4分3厘、141安打、
2000年、3割8分7厘、153安打。
7年連続最高打率。
そして21世紀に入って28歳のとき、
メジャーリーグに移籍。
シアトルマリナーズで、
2001年、3割5分、242安打、
MVPと新人王を獲得。
2002年、3割2分1厘、208安打。
2003年、3割1分2厘、212安打。
2004年、3割7分2厘、262安打。
この262安打は大リーグ歴代最高記録。
31歳がピークだった。
2005年、3割3厘、206安打。
2006年、3割2分2里、224安打。
2007年、3割5分1厘、238安打。
2008年、3割1分、213安打。
2009年、3割5分2厘、225安打。
2010年、3割1分5厘、214安打。
アメリカでも10年連続で、
3割200本の安打を放った。
イチローの28歳から38歳は、
本当にすごい。
5年で1130本の安打、
8年で2029本。
10年で2468本。
日本では生涯をかけて2000本を打つと、
名球会に入ることができるが、
そんな天才たちの仕事を、
日米で成し遂げた。
2011年には3割を割って、
2割7分2厘、184安打。
そして39歳の2012年7月のシーズン途中、
ニューヨークヤンキースにトレード。
この年、2割8分3厘の178安打。
2013年は2割6分2厘、136安打。
2014年、2割8分4厘、102安打。
2015年には、
マイアミマーリンズへ移籍して、
2割2分9厘で91安打。
2016年、2割9分1厘、95安打。
2017年、2割5分5厘、50安打。
もう衰えは隠せないが、
イチローは現役にこだわった。
2018年、シアトルに戻って、
2割5厘で、44安打。
そして2019年の今年、45歳。
日本での開幕2試合。
記録には0割、無安打が残る。
日本プロ野球の公式戦記録は、
通算打率3割5分3厘、1278安打。
日本のプロ野球選手の通算最高打率は、
若松勉の3割1分9厘、2173安打だから、
イチローのすごさが際立つ。
イチローの大リーグ通算成績は、
3割1分1厘で3089安打。
日本人最多安打は、
張本勲の3085安打で打率3割1分9厘。
長嶋茂雄も王貞治も落合博満も、
イチローの大リーグ記録に及ばない。
あまり意味はないと思うけれど、
日米通算成績は3割2分2厘、4367安打。
もうイチローの記録を抜く野球人が、
生まれてくることはない。
しかしこんな記録よりも、
私が感動するのは、
イチローのフォアボールだ。
ベースボールのルール。
ストライクは3つ取られると三振。
ボールが4つになると塁が与えられる。
それが4ボール。
イチローはどんな球でも、
巧みにヒットにする技術を持つ。
だから不思議なくらい四球が少ない。
打率の高い選手は、
四球を選ぶ選球眼がある。
しかしイチローは、
選球眼や動体視力はもちろん抜群だが、
ボールの球でもワンバウンドでも、
ヒットを打ちにいく。
だから比較的、四球が少ない。
日本の9年間で384四球、
アメリカの19年間で647四球、
通算1031四球。
そして最後となった今年の記録は、
打率0割、無安打、1四球。
しかしフォアボールを選んだ時の、
イチローのしぐさが実にいい。
ピッチャー投げる。
イチロー構える。
投げた。
低めに外れた。
フォアボール!
イチローは黒いバットを、
大切そうに、そっと地面に。
バットの先からグランドにつける。
そしてグリップのところを静かに置く。
それから一塁ベースまで、Walkする。
これはアメリカでも話題になった。
練習を終えた他の選手は、
芝生やグランドにバットを放り投げる。
イチローだけは、
練習や試合の後も、
バットをグラブで優しく包み、
赤ん坊をベッドに横たえるように扱う。
最後の年の記録は1四球。
その最後のフォアボールのときも、
バットをそっと置いて、
イチローは平成最後の舞台を去った。
これがイチローの野球への愛だと思う。
超一流の仕事への美学だと思う。
以て自戒とすべし。
〈結城義晴〉