ニューヨークのコロナ禍とニッチャーのサバイバル
朝日新聞一面「折々のことば」
今日は第1763回。
桜ばな
いのち一ぱいに
咲くからに
生命(いのち)をかけて
わが眺めたり
〈岡本かの子 歌集『浴身』から〉
「年に一度、ごく限られた季(とき)に
一気に身を開き、そして散らせる桜。
一度きりの華。
人もまた、
同じ一度きりの人生の今。
ひょっとしたらこの次は
もういのちの灯は消えているかもしれない。
だから目を逸(そ)らさずに見る。
じっと見入る」
桜の花は「いのち」と仮名で書き、
わが「生命」は漢字で表現する。
そのいのちが一ぱいに咲く、
私は生命をかけて眺める。
一度きりの花、
一度きりの人生。
新型コロナ禍。
特に高齢の重篤者が多い。
だから日本中、世界中の高齢の人々は、
自らの生命のはかなさを感じつつ、
桜の花を一心に見る。
今年の桜は、
一層美しく咲くに違いない。
アメリカでは、
とうとうニューヨーク州も、
州内事業者の全従業員に、
在宅勤務を義務付けた。
カリフォルニア州は一昨日の19日から、
州全域で外出禁止令を発し、
中西部イリノイ州も追随した。
ニューヨーク市、
ロサンゼルス市、
シカゴ市。
三大都市圏で、
人々がネスティング状態となった。
3州の人口は合計で約7000万人。
アメリカ全体の2割強。
個人消費と企業活動に影響は明白。
GDPは激減する。
日経新聞の昨日の、
「NY特急便」。
コロナ禍があぶり出す「資本主義」の限界
米州総局の清水石珠実記者。
「ウォール街のあるニューヨーク市周辺では
日増しに緊張感が高まっている」
「朝、キッチンで
計量カップを壁に投げつけた」
米経済テレビ局CNBCのキャスター、
ケリー・エバンズさんの告白。
普段、2人の子供が目覚める前に
原稿を書く静かな時間は
お気に入りのひとときだが、
「きょうは、
ナーバス・ブレイクダウンを経験した」
Nervous Breakdownは、
「ノイローゼのような状態」。
清水記者は言う。
「多くのニューヨーカーが
彼女の気持ちに共感したに違いない」
そして続ける。
「ニューヨーカーは”危機への心構え”が
できていると思っている人が多い」
この20年間を見ても、
2001年9月11日の同時多発テロ、
03年の大停電、08年のリーマン危機、
12年の超大型ハリケーン・サンディ。
しかし「どんな困難も乗り越えられる」との自信は、
「このコロナ禍で打ちのめされた」
日本もこの30年、
次々に危機を乗り越えてきた。
1990年はバブル崩壊、
2000年代はリーマンショック、
2010年代は東日本大震災と東電原発事故。
そして2020年のコロナショック。
しかしニューヨーカーが特に今、
震え上がっているのは、
「病院不足の問題」だ。
近年、米国全体に、
経営効率化や運営団体の合併などがあって、
病院の数が減少傾向にある。
例えばニューヨーク州では、
20年間で2万以上の入院用のベッドが消滅した。
2000年には約7万4000床。
今年は5万3000床。
州は現在のペースで
コロナ感染患者が増え続ければ、
45日間で11万床のベッドが必要になると予想する。
ベッド不足は深刻だ。
日本でもこれは、
広い視野で考えておかねばならない。
もう一つが、
スーパーマーケットの不足。
「ここ数日は大忙しよ」
地元のスーパーマーケット、
「フェアウェイマーケット」本店。
レジ打ちの女性が買いだめの列を、
テキパキとさばいている。
圧倒的な青果部門。
安くて新鮮な野菜・果物。
惣菜は独特の味。
鮮魚も新鮮。
そしてグロサリーも安い。
1930年代創業のフェアウェイマーケット。
「ネット通販や大型チェーンに押され、
1月に経営破綻した」
清水記者は述懐する。
「次に危機が襲うときには、住民は、
“病院だけでなく、
スーパーも足りないと嘆くのか”
との不安がよぎった」
そして思う。
「すべての業界が簡単に
高水準の利益率と株主還元を
実現できる訳ではない」
「それでも、
病院や小規模スーパーのように
社会に役立つ業界は多く存在する」
「そうした業界も生き残れる
新しい形の”資本主義”が求められている」
「新しいかたちの資本主義」の必要性。
半分、同感。
しかし半分は反対。
それはすでに起こっている。
マーケットニッチャーである。
私は小売業やサービス業に関しては、
ニッチャーには、
大いにサバイバルの可能性がある、
と信じている。
いや、ニッチャーこそが、
結城義晴のポジショニング戦略論の要となる。
ニッチャーが、
多様化、個性化する人々の生活を、
豊かにする。
マンハッタンのゼイバーズは、
たった1店の繁盛店。
フェアウェイマーケットも、
本店をはじめとして、
マンハッタン島にある「店」は、
生き残るだろう。
ニッチャーが背伸びをして、
株式公開をしたから、
フェアウェイは自ら破滅した。
新しいかたちの資本主義は、
規模の論理、生産性の論理一辺倒では、
断じてない。
新型コロナの災いは、
すでに起こった未来を、
私たちに自覚させてくれる。
〈結城義晴〉