多和田葉子の「仕事の酸欠」と「邪魔してくれる要素」
一月、往ぬる。
最後の日が日曜日。
今日の私は完全巣ごもり。
私の住む神奈川県は今日、
COVID-19の陽性が390人判明した。
横浜市は260人。
死者は神奈川県が6人、横浜市が2人。
減ってきた。
緊急事態宣言の効果が出ている。
東京都は633人で3日連続1000人以下。
全国の新規感染者は2673人。
死者は65人。
しかし1月をトータルすると、
新規感染判明が15万4247人、
死者は2261人だった。
これはともに月間で過去最多を記録した。
さらに感染スピードの速い変異種が上陸。
その防御のための水際作戦が、
成功しているのかどうか、わからない。
どんな水際作戦が有効なのかさえ、
はっきりしない。
だからまだまだ油断はできない。
そんな一月が往った。
私は今日、完全巣ごもりで、
仕事した。
今日の「折々のことば」
第2069回。
仕事にとって
重要なのは、
仕事を邪魔してくれる
要素だということ
〈多和田(たわだ)葉子〉
岩波新書の『言葉と歩く日記』から。
多和田さんは1960年生まれ。
私より8つ若くて、
私の妹と同じ年だ。
ドイツのベルリンに住んで、
日本語とドイツ語で、
小説や詩やエッセイを書く。
日本では『犬婿入り』で芥川賞、
ドイツではゲーテ・メダルを受賞。
村上春樹さんも、
英語で書いた小説を、
日本語に翻訳して、
独自の文体をつくった。
片岡義男さんも、
『英語で日本語を考える』を書いていて、
多和田さんのこの日記に出てくる。
二つの言語を習得し、
その間の表現やニュアンスの差異を考え、
国や文化の違いを見切る。
それが多和田さんのこの本だ。
編著者の鷲田清一さん。
「作家の近所に住む挿絵画家は、
仕事をコンピューターでやるようになって
ひどく疲れやすくなった」
「筆を洗い鉛筆を削ることがないので、
途中で一息つくことも
立ち止まることもない。
だから友人の電話で
仕事を中断させられると
嬉(うれ)しくなると」
私もかつては、
原稿用紙にペンで書いていた。
商業界時代は商業界の原稿用紙、
今は自分の名前入りの商人舎の原稿用紙。
400字書くと、
次のページに行く。
この「間」が原稿用紙の良さだ。
ペンは大抵、万年筆だった。
カートリッジのインクが切れたりする。
そこで吸引式のものに変えりした。
万年筆は手間がかかる。
しかし、そこがいい。
これまではブルーのボディのパーカーが、
一番馴染んだし、使った時期も長かった。
キャップのところが壊れて、
それでもペン先の滑りが抜群で、
握りやすさもちょうどよかったので、
セロテープを巻いて使った。
この万年筆が使えなくなって、
とても悲しかった。
原稿書きのスピードも落ちた。
ウォーターマンやモンブランも使った。
いずれも、いつのまにか、
どこかへ消えていった。
今、手元に残っているのは、
ケルン空港で帰国時に衝動買いした、
太字のモンブランだけ。
しかもこれは今、
スーツの胸ポケットの飾りになっている。
たまに本などにサインするときに使う。
みんな、
どこに行ってしまったのだろうか。
若いころは、
ボールPentelを使っていた時期もある。
これは滑りがよくて、
速く書ける。
原稿用紙やペンは、
仕事を推進してくれる要素であり、
邪魔してくれる要素でもある。
そして手書き原稿の頃は、
タバコを吸っていた。
というよりタバコで、
一息ついたり、
立ち止まったりしていた。
パソコンで原稿書きをするようになって、
タバコもやめた。
今は、何が「邪魔する要素」なのだろう。
多和田さんもこの本で書いている。
「この日記を書き始めてから、
毎日手書きで原稿用紙の升目を
埋めるようになった」
多和田さんは鉛筆だが。
コラム編著者の鷲田さん。
「引き寄せたり遠ざけたり、
加減を見たりと調子を変える、
そんな隙の時間がないと、
仕事自体が酸欠になる」
そう、仕事が「酸欠」になるのは、
避けなければならない。
仕事には酸欠にならない要素が、
準備されていなければならない。
「仕事を邪魔してくれる要素」こそが、
意外にも重要なのだ。
イオンの全館禁煙措置。
イオンnews|
国内115社全事業所で「就業時間内・敷地内禁煙」
このとき、「仕事の酸欠」には、
どんな対処法を考えているのだろう。
タバコを吸わせない分、
仕事の効率が上がる。
万が一にもそう意図していたら、
これは失敗する。
顧客や従業員の健康や環境を、
第一に考えていれば、
きっとうまくいく。
しかしその時にも、
「仕事を邪魔する要素」という、
パラドックスは必須だと思う。
〈結城義晴〉