ワクチン開発の歴史物語とワクチンの知識
「ワクチン」は、
ルイ・パスツールが命名した言葉だ。
パスツールは「近代細菌学の開祖」とされ、
ワクチンの予防接種方法を開発した。
低温殺菌法もパスツールの開発。
だからパスチャライゼーション(Pasteurisation)という。
私たちはワクチンでも、食品に関しても、
パスツールに感謝しなければならない。
しかしそのパスツールは、
エドワード・ジェンナーの功績を評価して、
ラテン語の雌牛を意味する”vaca”から、
“vaccine”という言葉をつくった。
ジェンナーは、
産業革命が進む1749年に生まれた。
そして医者になった。
そのころは天然痘が流行していた。
ジェンナーは独自の研究と人体への実験で、
「牛痘の原因と効果の調査」という報告を書いた。
このなかで天然痘の予防法が示された。
家畜の牛にも「牛痘」という病気があった。
人間の天然痘によく似た症状を示した。
そして乳搾りをする人に牛痘が感染した。
ジェンナーの生まれ故郷には、
言い伝えがあった。
「牛痘に感染すると二度はかからない。
そのうえ天然痘にもかかりにくい」
言い伝えではあったが、
科学者の態度でジェンナーは、
これを検証しようと考えた。
そこで8歳の少年で人体実験を行った。
実験は成功して、牛痘を接種した少年は、
人間の天然痘にかからなくなった。
人類初のワクチンの発見であった。
それから約200年後の1980年、
天然痘は根絶された。
手塚治虫の「陽だまりの樹」には、
大阪の関塾の緒方洪庵が、
人々の偏見や反対を押し切って、
牛痘を接種する話が出てくる。
私たちはジェンナーにも洪庵にも、
そして手塚治虫にも、
感謝しなければならない。
ワクチンの発明と普及は、
2021年のコロナ禍で、
唯一と言っていい救世の手立てだ。
そのワクチンは今のところ、
3つに分類される。
第1が、
実際のウイルスを使ったワクチン。
ジェンナーや洪庵と同じものだ。
⑴生ワクチン
実際のウイルスや細菌の中から、
毒性の弱いものを選んで増やす。
そして毒性の弱いウイルスそのものを
体内に入れることで免疫が働き、
ウイルスを攻撃する抗体などを作り出す。
はしかや風疹などに使われている。
⑵不活化ワクチン
実際のウイルスをホルマリンで加工するなどして、
毒性をなくしたものを投与するワクチン。
季節性インフルエンザワクチンがこれだ。
これも実際のウイルスを使ったワクチンである。
第2は、
「スパイクたんぱく質」ワクチン。
ウイルスそのものは使わず、
「スパイクたんぱく質」を、
人工的に合成したものを投与する。
「スパイクたんぱく質」は、
ウイルスの表面に出ている突起で、
ウイルスを攻撃する抗体の目印となる。
それを人工的に作って投与することで、
人に備わっている免疫の働きが活性化され、
抗体が作り出される。
⑶VLPワクチン
ウイルス様粒子(virus like particle:VLP)を、
ベースとして開発されたワクチン。
VLPは動物や細菌、昆虫、酵母や植物など、
さまざまな種類の細胞で製造する。
⑷組み換えたんぱく質ワクチン
遺伝子組み換え技術を使って、
人工的にたんぱく質を作って投与する。
新型コロナウイルスでは、
日本の塩野義製薬が開発を進めている。
第3が、遺伝子ワクチン。
これは人工的に合成した、
ウイルス遺伝子を使うワクチン。
⑸mRNAワクチン
COVID-19に対して、
世界で初めて実用化された。
スパイクたんぱく質を作るための
遺伝情報を伝達する物質「mRNA」を使う。
人工的に遺伝子を作って、
注射で投与することで、
体の中でスパイクたんぱく質が作られ、
それに免疫が反応して抗体が作られる。
米国のファイザーやモデルナのワクチン。
日本でも第一三共が開発中だ。
⑹DNAワクチン
DNAを人工的に作り出して、
ワクチンとする。
投与されたDNAは、
体内の細胞の中で核に入り込んで、
これもmRNAをつくる。
それによってスパイクたんぱく質が作られる。
⑺ウイルスベクターワクチン
ウイルスのスパイクたんぱく質を作る遺伝子を、
無害な別のウイルスに組み込んで、
そのウイルスごと投与するワクチン。
「ベクター(vector)」は媒介するもの。
無害なウイルスがベクターとなって、
細胞に感染して、
スパイクたんぱく質をつくり、
抗体ができる。
英国アストラゼネカのワクチンがこれだ。
ジョンソン&ジョンソンのワクチン、
ロシアの「スプートニクV」もこのタイプ。
日本では⑸のmRNAワクチンが使われている。
私の新著『コロナは時間を早める』では、
第七章でこの話を取り上げている。
〈お願いします。読んでみてください〉
もともと癌治療薬として開発されていたのが、
ビオンテックの「mRNA」技術だった。
それがCOVID-19に転用され、
奇跡的なスピードで実用化に至った。
私たちはこの開発に携わったトルコ人、
ウグル・サヒンとオズレム・トゥレシに、
感謝しなければならない。
遅ればせながら日本でも、
ワクチン接種が進む。
私はこのとき、
心から感謝したいと思う。
パスツールにジェンナーに、
緒方洪庵に手塚治虫に、
サヒンやトゥレシに。
〈結城義晴〉