「マシン」によるサービスと「人間」によるサービス
今日は東京・御茶ノ水。
井上眼科。
1881年、駿河台。
井上達也が済安堂医院をつくった。
それが始まり。
井上は東京大学眼科学教室の創設者だ。
現在、井上眼科は、
視覚を眼球だけでなく、
脳の仕事として捉える。
だから脳内病変による視機能異常や、
視神経、眼球運動障害、
さらに眼位異常に関する疾患までを診る。
原因不明の視力低下や目の不調など、
理由がわからない問題に対しても、
診療を行う。
第七代院長の井上達二は、
神経眼科の領域で大きな功績をした。
「眼」の総合病院を確立するために、
「患者さま第一主義」を理念に掲げる。
東邦大学医学部の富田剛司教授が、
定年退職でこの井上眼科に移籍した。
そこで私もこちらに来ている。
新お茶の水ビルの18階から20階までが、
井上眼科クリニック。
北東側に東京の街が広がる。
ビルの合間に東京スカイツリー。
真下に湯島聖堂。
江戸時代の儒学の殿堂。
五代将軍徳川綱吉が建立した孔子廟堂。
のちに昌平坂学問所となった。
東側を見下ろすと、
神田ニコライ堂。
左右の目の視野検査と眼底検査、
そして眼圧検査。
「結城さんの右目の命は、
あなた自身の命より短い」
富田教授に言われている。
それでも左目がある。
私の人生は右目の疾患とともにある。
帰りに地下鉄千代田線で、
明治神宮前原宿で乗り換え。
駅の構内にアートの展示。
竹田双雲作「希望」
46歳の書道家。
双雲のメッセージ。
「人は弱い
弱さがあるから
知るから 認めるから
前に進める
思いやりを持つことができる
人は、希望を抱き続けることで
それぞれの希望が繋がっていくことで
弱さを強さに変換することができる
希望が希望を生み
人を強くしてゆく」
ステンドグラスは、
野見山暁治の「いつかは会える」
野見山は101歳の洋画家。
明治神宮前駅。
通過するときにでも鑑賞してください。
さて、「ほぼ日」の糸井重里さん。
昨日の「今日のダーリン」
いつか出てくると思っていたが、
やっと書いてくれた。
「この頃、
スーパーマーケットだとかコンビニで、
“セルフレジ”というものが増えてきた」
老人は述懐する。
「ぼくもやってみたことは
何度かあるのだけれど、
どうも慣れないし
なんとなく妙な心持ちがあって、
よほど混んでるのでないなら、
人のいるレジに並んでいる」
「だが、やがてすべては、
この”無人化”という方向に
なっていくのだろうなぁ
という諦めもある」
私は思う。
すべてが無人化にはならない。
「そんなことを思っていたら、最近、
近所の2つのハンバーガー屋の
注文カウンターに、
“自動オーダー機”みたいなものが設置された」
「いままで、
“えーっと、あれとこれと…”みたいに
人に向かって注文をしていた同じ場所に、
“注文を受け付ける機械”があるのは
変な感じだ」
「幸い、目の前におねえさんがいるので、
“人に注文してもいいですか?”とお願いした」
「もし”機械のほうにお願いします”と
返事されたら、
やや不満な顔を見せつつも、
従ったにちがいない」
糸井は否定的だ。
「まぁ、なぁ。
マシンをお客が操作して注文してくれたら、
人のやりそうなミスもなくなるし、
人件費も減らせるし、
さらには”アルバイト募集”の手間も
コストも減らせる」
「だから、
ハンバーガー屋の注文受付などは、
当然のように
ロボット化していくんだろうと思う」
「すでにラーメン屋は
自販機で食券を買ってるもんなー」
しかしセルフサービスのメリットは、
コスト削減だけではない。
そっちがいい、という人がいるし、
意外にもそんな人は多いのだ。
糸井はまだこだわる。
「ただ。なぁ。
こういう未来って、
望んでいたことだったっけ、と」
「人間がいなくてもいい仕事を増やすことには、
いいこともたくさんあるのは理解するとしても、
“だれが望んでいたんだっけ?”
という思いは残る」
それもわかるけどね。
「患者さま第一主義」の井上眼科も、
徹底的なセルフサービス方式を採用して、
受診証の発行から会計まで、
すべてセルフだ。
ただし医者や看護師、検査技師は、
他の病院よりも圧倒的に多い。
老人の患者も多いけれど、
文句を言う者はいない。
マシンによるセルフと、
人間によるフォローと、
両方の組み合わせだ。
その組み合わせの塩梅に、
その店やその病院の哲学が現れる。
糸井の最後の言葉。
「”合理的”の他に
“合喜的””合好的”とかがあるよなぁ」
そう、それらが両方あって、
その組み合わせも、
選択の自由である。
その自由は、
人類の進化と希望につながると、
私は思うけれど。
糸井さんはセミセルフなんて知らないだろうな。
〈結城義晴〉